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日本糖尿病協会,荻原 友未,滝井 正人
過食症になった1型糖尿病の女性と医師の往復書簡
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フリースタイルリブレをつけてゾゾスーツ

あんまり大した話ではありませんが、今流行りのゾゾスーツが届いたので計測してみました。

今年の2月に注文して8月に来たから、半年?!結構かかりました。

 

ゾゾスーツって全身かなりぴったり密着して測定するものなので、これって、リブレセンサーつけて計測したらどうなるんだ?と疑問に思ってました。センサーを含めた腕の周囲が出るのかな??

 

……結果無理だったんですが、そのレポートを簡単に。

 

 

ゾゾスーツ全身


ZOZOスーツはかなり密着するカットソーとトレンカみたいなので、トレンカはもしかしたら普通にトレンカとして使えるかも…というような服なのでした。これなら凸凹も認識してくれるかも?!と期待。

 

 

スーツ

スーツ装着。

センサーが外れないよう気をつけて着る。

普段の格好の上に着る服のサイズを選ぶ為の計測なので、下着なども普段のように着て計測した方がいいみたいですね。

 

私が服を買うときどうしても気になるのが腕周り。リブレを使うようになってから、今まで着ていた服の腕周りがきつかったり、袖の長さやデザインによってセンサーが引っかかって外れる不安があったりで、結果、半袖も長袖も全然着られなくなりました。。。いや、腕も前より太くなったんだけど。

センサーの厚さは5mm程度なのですが、その程度でも着る服に余裕を持たせようと思ったら少し余分の腕周り長さが必要なんではないかと思います。

服を選ぶ時にできれば試着したいけど、子供がいると無理だったりするし、そもそも買いに行けないから通販で買ったりする機会が増えて、やはり困ってしまう腕周り。このデザインダメかなーとかなんとなくやめておいたり。

 

 

このZOZOスーツがリブレセンサーをちゃんと認識してくれたら助かります。自分のデータを登録しておくとZOZOタウンで検索機能を使って服を探すとき「自分に合うサイズで搾る」、という探し方ができるので、これは便利だな、と思ったんです。服の(二の腕の)腕回りとかって普通書いてないし。

 

ということでちょっと測定してみました。

 

 

ってか、そもそも測定難しい!!!何回も失敗。10回以上失敗してしまった。

 

※難しい点その1

スマホから2m離れて全身を写さないといけない。

※難しい点その2

床から70センチのところにスマホを置いて撮影しなければならない。

 

2mって結構な距離あるので、高さ75センチ位のうちのダイニングテーブルのある場所からだといろいろ物を動かさないと場所が無い。で、場所作って立ってみると、今度は、

 

「スマホの位置が高すぎます(`へ´)」

 

と撮影してくれない。スマホを前後に動かして角度を変えて何度やってもダメ出しされる。。。低すぎるならスマホを何かに乗せればいいけど、高すぎると言われても……仕方なく私が何かに乗ろうとしても、撮影時そこで私は2,3秒ごとに角度を変えながらぐるぐる回らないといけないのです。そんな適当な足場が無くて、仕方なく場所を変える。テーブルの反対側にスマホを置いて、私がそっち側の隣の部屋になる場所に移動。ここならダイニングの床から少し高いのです。更に布団を広げて乗ってやっと、

 

「高さはまあ良し(`へ´)」

 

と認めてもらえた。。。

ふう。

が、、撮影開始、と思ったら、ほとんど襖を開いただけな感じなのに部屋が変わるせいで、各部屋の天井の証明の位置関係で微妙に暗い場所になる。更に、どうも逆光みたいになるらしく、昼間なのに、

 

「暗くて対象を認識できませんでした(`へ´)」

 

ええええ〜〜(;_;)

 

と、何度もあれこれあれこれやってみて、やっと終了。

 

測定した腕の数値

腕回り(右)27.2

腕回り(左)27.4

 

あれ?

 

リブレセンサーを付けているのは右腕なのに、右腕の方が少ない。

実際その時センサーを付けていた場所の、センサー含めた腕周囲は26cmくらい。

そのすぐ隣のセンサーを付けていない場所の腕周囲は両サイドとも25cmくらい。

 

もしかしたらちゃんと測れてない可能性も・・・・・・。

わからないですが、違う角度からの画像も見てみました。360度見られます。

 

ゾゾスーツ腕後

 

 

ゾソスーツ腕横

 

ZOZOスーツの写真は黒地に白い丸がたくさん貼り付けてあり、この白い丸がマーカーとなって、それを写真で分析して立体を描いてくれるような感じ?私の写真ではわかりにくいですが、あの白い丸の中にはたくさん点々(穴)があって、その点の場所がひとつひとつ違うのです。ぱっと見点字のような感じで、その白い丸がどこにあるかを画像で読み取るなどして、アプリが画像を解析して人体の3Dを作ってくれます・・・

 

つまり、リブレのセンサーの上に白い丸が乗るように着られれば、センサーの場所が膨らんで見えるように3D画像を作って、周囲の測定もしてくれるかもしれないけど、白丸が乗ってなければガン無視ですね。先にセンサーを付けてるし、白丸を無理やり引っ張って動かしたら正確に測れないみたいなので、この時私がセンサー付けていたところではちょっと無理そうでした。

 

なるほど・・・・・・。

 

当たり前と言えば当たり前なのかなー。

このアプリの出してくれた「腕周囲」というのは、上の3D写真の腕の黄色い線があるところの長さなのかも。だから、このあたりにリブレセンサーを装着してみたら、リブレ付きの腕周囲は測れるかも。でも、3D画像がどうなるかはわかりません。。。

 

それにしても私↑姿勢悪いね(;^_^A

全体的に、あー。私こんな感じかも。。。という気がしたので、結構ちゃんと認識してくれてるようにも感じます。

 

以上、リブレを付けてZOZOSUIT(その1)でした。またやり直してみるかも。

 

JUGEMテーマ:1型糖尿病

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posted by: nanori | IDDM(1型糖尿病) | 14:11 | comments(2) | trackbacks(0) |-
並木陽さま「マインツのヴィルヘルム」感想

 

 

並木陽さま「マインツのヴィルヘルム」2018.5

https://privatter.net/p/3491109

@namicky24 

 

 

 菖蒲、柳、あと何かな白樺のような木。菖蒲を手にうっとりとした目で美しい人が佇んでいます。

 

 最初マインツのヴィルヘルムは歴史小説アンソロジー『世界史C』(史文庫さま編,2015)で読ませていただいてました。その時も静かな感動を覚えて好きな作品、好きな作家さんだなーと思った記憶があります。その再録とのことでこちらで久しぶりに読み返しました。

 まずお母さんが東方の部族の長の娘…、というのが私にはツボで、この人も故郷を離れてどのように過ごしていたのだろうと思うと胸が苦しいです。スラヴの神話については(ぼんやりとスラヴ好きなのに)無知なのですが滅ぼされてゆく神話、消えていった無数の神々、東欧のDimna Juda mamo(マケドニアの「コパチカ」の最初歌い出しに登場するブライナのディムナ・ユダ・ママ)みたいな、フォークダンス音楽の歌詞にも何か突然出てくる謎の民間伝承がとても面白いなと思ったりしていました。でも言語の無かったスラヴの世界の神話が現代に伝えられたのは確かに奇跡、文字があるのがあたりまえの世界に暮らし文字無しに何も語れない私には多分はっきりとは理解できない感覚なのですが、文字が無いということもだし、文字(ラテン語)で書き記すこと、など、それはいったい当時の人にとってどういうことだったのだろうと興味深く思いました。でも私には難しくてそんなことずっと考えていると先に進みませんので・・・。

 そうそう、滅ぼされてゆく神話といえば、並木さんの「茎韮の花」という美しい作品があるのですが (孤伏澤つたゐ様編語り直し日本神話合同誌『常世辺に帰す』,2018) 、こちらは日本のひとつの部族がヤマト朝廷に滅ぼされてゆく神話で、その話があまりに美しいから、逆にふと滅ぼされるという現実の悲惨さを感じてしまい、本当はこんな美しいことは無かったのかもしれない、本当はこんな美しい恋も無く美しい人も無く、全て何の救いも無く塵のように踏みにじられてしまっただけなのかも…とネガティブモード全開ですが、私はつい想像して悲しくなってしまいます。だけど、もしそう言えるのであればまさしくその同じ論理で、文字で記録されていないだけでそこには本当に美しい世界や美しいストーリーがあったのかもしれないとも、ずっと消えることのない美しい余韻の中で考えていました。歴史小説だからこそどこまでも深く掘り下げられる、運命と人の精神との攻防のような。


 話戻ります。マインツのヴィルヘルム。
 とても静かな雰囲気の、淡々と進む物語、でもその中に有る人の心の痛みや、怒り、叫び、憎しみ、そして愛といった激しいものを短いけれど忘れ難い場面や言葉により爆発させるかのように表しているのがとても好きでした。人が生きることの残酷さを和らげられはしなくても黙って覆い隠してくれる森があって、そこには滅ぼされてゆこうとする異教の神々が隠れていて、いなくなったのかと思ったらにゅっと不思議な芽を出して、そこに深緑の衣の少女がいて。弱くて翻弄されるしかない少年に、いいことも悪いことも起こって、人との深い関わりもあって。そうやって懸命に生きてゆこうとする人を生かしてくれる何かが人生には時々あるんですね、そうなのかも。心の支えがあることの希望と、何かを失う寂しさ悲しさがこの静かな物語の中でとても印象深くよかったと思います。好きでした。

 彼がロイドルフにかける別れの言葉はあまりに静かで、言い回しは恨み言のようでいて、やっと落ち着いて本音が言えた安堵のようなものも私には感じられて、こういう言い方は何か使い古された感じだけど時が流れたんだな、と思うし、この人は成熟して、もう弱々しい子供ではなく、多くのものを得てきたのだという気がします。こんな言葉を口にしていながらも。私はそうはならない方なのでわからないですが。

 そして、ヴィルヘルムの母に対する思慕。信仰と母を奪われたというのは踏みにじられて人格を否定されたも同じことではないでしょうか。その苦しみを出発点として、全く自分の望まない運命に従って母とは全く逆の立場に立ち、その立場から母を思い続けたというのが面白いですね。それも不思議となるべくしてなったような。とにかく彼が成し遂げたということ自体、寛容な神々がたしかに存在した証拠なのではないか、と、思わせるような。それはつまり母と森にいた彼の幸せな時が本当のことだったのだという確かな手触りでもあって。本の表紙のあの美しい絵がそのままこの作品の主題であるように感じます。

これはひとつの信仰あるいは信念の勝利であるという面もすごい良かったと思うのですが、それにもましてヴィルヘルムの内面に関して言えば、本来誰にも知られないし知られないで良い、彼だけの傷に埋め込まれた永遠に輝く宝をその傷ごと守りきったのだとも思えて、読んでいてこちらも充たされる思いがしました。とても穏やかな心持ちで。



「アウグステの結婚」
感想

 こちらもとても良かったです。ヴィルヘルムの幻想的な話とは雰囲気が違うように感じます。近い時代だと私にはよりイメージが具体的に掴みやすいというのもあるかもしれないです。継母や兄弟との現代日本人からしたら何か鬱陶しいような距離感とかリアルに感じられて、生き生きした登場人物が皆とても魅力的。私はほぼ日本しか知らないし、私が想像でヨーロッパを書いたらつい日本の風景を基に描写してしまうと思うんですが、こういう作品は本物の外国を見ているような感覚にわくわくします。痛いくらいの極寒の空気をふと感じて何か緊張したり。

 アウグステはヴィルヘルムと同じく、自分ではどうしようもない過酷な運命に直面するのですが、流されるのとも逆らって戦うのともちょっと違う選択をする強さを見せつけてくれました。涙をボロボロこぼしながら。その勢いにちょっと私はびっくりしたし、魅力溢れる人だなと思いました。頭の良い、より良く生きられる強い人が苦しまない訳ではないのだけれど、苦しむ意味を自分で知る、或いは自分でその苦しみに何かを意味付けることができる人は多分、幸せになれると思う。と、彼女がはっきりと示してくれているように感じ勇気づけられました。

 〇〇だいすき、しあわせ〜と、幸せという言葉をいつの間にかどこかで覚えたうちの幼児が口にして私は最近びっくりしたのだけれど、私は人がどうやったら幸せになれるのか知らないしアウグステのママのように子供に教えてやることはできないです。でも私自身もだし、うちの子も、アウグステのように、何でもいいから自分で自分の幸せを見つけて、そこに向かって決断できる人になれたらいいなとふと考えていて、何かいつの間にか親目線、っていうかあれ、何だろう幸せって。そういえば幸せについて子供がいる歳になってもやっぱり全くわからないでいて。カールのような決断も私には否定できないし、幸せについて今いろいろ考えている私なのでした。こちらの作品は、幸せについて、というより、幸せになるには、というテーマがあるようで面白かったです。

 

 

 

JUGEMテーマ:同人誌

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posted by: nanori | 同人誌文学 | 21:24 | comments(0) | trackbacks(0) |-
自己流すぎるプチリメイク部その7〜帽子

JUGEMテーマ:リメイク

帽子いろいろ

 

 

↑これは山崎の手作り市で買ったお気に入り。

 

帽子は内側に裏地を付けて冬の防寒対策をしたりという地味なリメイクもしていたんですが、それだけだと何か絵も地味なんで・・・

今回はリメイクというか、不便なところを補う工夫を書くことにしました。

 

私は帽子が昔から好きで日ごろから大抵何かかぶってます。でももともとそんなおしゃれなコーディネートができる訳じゃなく、これ買ってみようとかこれが好きとかはわからない。。。なんとなく買って、しっくりきて気に入ったら使い続ける感じ。

だからいつもかぶってみるとなんか服と合ってない感じはするんですが(;^_^Aなんかいつも被りたくなる、つまり一番好きな帽子は左下に写ってる綿の茶色いキャスケットです。長くかぶりすぎてもう色があせたりしてぼろくなってきてしまいました(´・ω・`)

私は頭が寒いとひどい頭痛がするんで、真冬は後頭部(一番でっぱってるところより下からうなじまで)をカバーできる帽子を常に探してます。。。なかなか難しいですが。

 


で、私が帽子を被るうえでいつも困ってきたのは、私は頭がやや細い?いや、多分それは気のせいで普通なんですが、卵みたいな縦長の〇で、しかも髪がノーパーマノーカラーつやつやつるつる、子供の時からヘアピン、パッチンどめ、カチューシャとか一瞬で落ちる髪なので、帽子はかぶるだけで上にずれる。すぐ落っこちる。

 

ニットなどの伸縮のあるものは悲惨で、その伸縮の力ですっと上に飛び上がって、かぶってるといつのまにか帽子がずり上がってる、そして落ちる、普通のつば付帽子も信号を見るなどちょっと上を向くと普通に落ちますよね、というのでとても苦労していました。

 

 

多分他の人も多少はそうなると思うんですが、特に冬のニット帽のすっぽ抜け方は異常で、何も触ってないのに普通に地面に落ちます。サイズはあっているはずだし、きつめのとかゆるめのとかも買って試していたんですがどれでも何故か同じです。

( ノД`)

皆多少崩れてもずり落ちそうになっても時々手で引っ張ってるのかなと思ったけど、それじゃどうにもならないというか、デフォルトが右の絵のようになっているので、ここから更に上がって落ちないようにずり下げるんでも精一杯、きりがないんです。何か方法があるはず・・・私だけではないはず・・・でも何故か対策、アイデアなどの情報がなかなかみつからないのです。帽子に滑り止め付けてもだめ。サイズが小さいのかなと思って編み足してお直ししても駄目。

 

帽子がずり上がる問題を発現小町などお悩み相談掲示板で相談している人がたまにいても「自分はそうならない、なったことがない、〜が悪いんじゃないか、ちゃんと〜したらちゃんとなるはず」という意見ばかりで相談の方向が変わってしまってたり。とにかく昔から情報がなかなか見つからないなという印象でした。

ニット帽もかぶりたいのに被った5分後にもう聖徳太子になってるのはストレスだし、これだと後頭部が寒いのが困ります。

 

ニット帽はあきらめるとしても、他の帽子も、深くかぶっててもすぐ帽子が自分で上に上ってころころ落ちるの何とかしたい。後ろに傾けて乗っけてたい時もどうしても前に前に来て地面と平行で収まってしまうのも嫌。。。

皆どうしてるのかな・・・・・・

 

で、ネット&いろんな人に聞いたりしていい方法が無いか探して、最近やっとみつけました。

 

帽子にゴムをかけるんです。

 

子供とかはゴムをつけて、あごにひっかけますが、大人の場合はそれじゃかっこ悪いので、、、うしろがわ、ゴムをうなじで後ろ髪に通して耳にかけて止める方法です。子供があごでひっかけるのを、この場合後ろ髪に引っ掛けるんです。

 

 

 

わかりやすいようにちょっと変な感じにうねっと書いてますが、赤い線がゴム紐です。わかりやすくなってないか。。。このゴムは実際は自分の髪の色に合わせた方が目立たなくていいです。ゴムを付ける場所は、絵では何か立体がうまく描けませんでしたが両耳のちょっと前くらいがいいです。あまり後ろだと落ちやすいかも。

 

 

 

↑こういう感じ。わかりやすいようにゴムを下方向に引っ張ってます。

 

 

↑下がうしろ、上が前です。真ん中よりちょっと前よりになるかな?とにかく両耳の前から、うなじに向かって髪にかける感じです。

 

 

どんな帽子でも大丈夫です。ベレーやキャスケットでも私はやってます。これは落ちない!!風が強い時も飛んでいきにくい(でも急いで自転車漕いだり強風にあったりしたら飛んで落ちることはあるので注意)のでいいですよ。話によるとニット帽も大丈夫らしいので、次の冬はやってみようかなと思います。

また、髪型も、ロングヘアでなくても、私は今ボブカットくらいで全然問題ないし、ショートヘアでも大丈夫らしいです。ゴムを耳にかけ、前からうしろへひっぱる感じで支えます。髪が無い人はどうかな?ちょっと固定するのむずかしいかな。

 

このゴムのつけ方は好きでいいんですが、私は百均で売ってるできるだけ細いゴムを、毛糸の編み物のとじばりなどの穴が大きい針に通して、帽子の内側ぐるっと一周ついてるびらびらのやつ(「スベリ」とよばれるもの)の内側から外側に向けてさして通し、左右反対側の同じくらいの位置に針を刺して内側に入れます。内側は何度か縛って玉結びみたいにしたり、大きさ調整などのため長めにゴムをつけておいて片花むすびっぽい感じになんかむすんで、止めるようにします。

 

 

さて、ついでにもう一つ私がやってる工夫です。このような↓まるっこい帽子や、ベレー帽などでいつも形がきれいにならなくてやだなーと思ってたんですが↓

 

黒いベレー

 

最近いろいろ考えて、これにはこのような細長いクッションを作って入れています。中にわたを入れてます。わたの量を調節して、(わたは入れ過ぎないようにして)、私は前側のスベリの内側に収めます。
黒いベレーの中

 

このクッションが落っこちると困るので、あらかじめ私の帽子には

この↓〇の中にあるような、輪にした平ゴムを縫い付けてあったりします。帽子を変える時はここに通せばいいだけです。

 

帽子ってなかなか被るのが難しい。ファッションに取り入れるのにセンスが要ったりして困りますが、好きなんでこの方法いろいろ使ってもっといろんな色の帽子、諦めてた形の帽子とかにもチャレンジしてみようかなーと思ってます。(^▽^)

 

 

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posted by: nanori | 手芸 | 23:19 | comments(2) | trackbacks(0) |-
檜さま「ブラック・マドンナ」感想(クリスマス市のグリューワイン)

 

 

檜さま「ブラック・マドンナ」感想

(クリスマス市のグリューワイン)

http://vinchauddenoel.blog.fc2.com/

@hinoki_myth 

2018.5

 

 

 

ポーランドのチェンストホヴァには黒い聖母像がある。というところから物語が始まる。


ヤスナ・グラの修道院の、青いベールをかぶった聖母の絵は黒い肌をしているんだそうです。

※キリスト教、ポーランド史については、この作品においてはそれほどわからなくても大丈夫だと思うのですが、聖書など多少読んでた方がわかりやすい、かもしれないです。読んだことなくても大丈夫だけど全然関心が無かったらよくわからないかも??
 ポーランドは「悲しい歴史」というより「悲惨過ぎてちょっと踏み込むと生きた心地がしない歴史、何万回も殺され踏みつけられズタボロにされたポーランド」くらい言ってもいいような気がしますよね…。私は子供の時にキュリー夫人の伝記で辛い目に遭ってたポーランドの状況を(軽く触れるくらい)知ったのが多分「ポーランド」という国を知った最初だと思います。
 他民族から侵略を受け列強の3度に渡る分割、ナチスドイツの進攻、その他多くの危機がありました。他でも大体そうなのかもしれないですが、侵略とか進攻とか一言で言うけれど具体的には恐ろしいほどの残虐行為が行われていたのでした。とにかくポーランドは民族としての危機を何度も経験し、でもまた立ち上がり、何百年と時間をかけて復活しました。
ポーランドは「か弱い」んではないんですよね。ここまで悲惨な状況の中から立ち上がるポーランドの底知れぬ強さ!悲惨なほど想像できるではありませんか。

 

 

そしてポーランドと共にあった誇り高き女王、ブラックマドンナの存在。
ブラックマドンナ(肌の黒いマリア像)というのは世界各地にあるみたいで、昔から聞いたことがあるけど気になりつつ何なのかわからず。ちょろっと調べても結局何なのか全然わからず。。。その一つの答えが書かれたとても興味深く面白い作品でした。

表紙絵がハードボイルドっぽくもあり何かかっこいい…最初下の二人に目が行き、それから影のようにこちらを見ている女性に目がいきます。その細長い白目の雰囲気にはっとします。あ、これ、マリア様だって。いや、そうなんだけど、目が本当そう見える。。。百合の花の青いベールは、この物語の中でいろんな場面で印象的に出てきて、うまくいえないけどその存在感に心が揺さぶられます。


さてこの作品は紀元1世紀のイスラエルと20世紀ポーランドという2つの世界を描いているのです。一見関係なさそうな、全く違う世界の話なのに、テーマがはっきり繋がってる。この発想も面白いですよね?!
古代イスラエル。肌の黒い奴隷の少女マリアは生まれた時から奴隷として売り買いされてきて、それ以外の生き方を知らない。それは当たり前のこと、とばかり淡々と描かれ、割りきって生きているようで、どこかメランコリックな雰囲気を持つ少女のように感じました。結構頭が良さそうで、物静かで慎ましく、人を憎まない、人に害をなそうなどと思うことがない、真面目で誠実な人間であることは疑いようがない。なのに、本心がどこにあるかわからないぼんやりした人物であるように見える。余計なものをすべて削ぎ落とした潔さが好ましく思える。そういう風に好ましいと見てしまうのは多分、あまり生々しいものを見せられるとこちらが苦しくてしょうがないからだと思う。こんな辛そうな状況なのに平気でいるように見える人がいると私の場合は少し心強く感じそちらへ逃げたくなるのだ。この人は強そうだから大丈夫、と無責任に。

 

 しかしまた同時に、読み進めると何となく、彼女は芯が強いわけでもないように思った。実際、諦めるというか初めから望まない、よりほかに何もできない。プライドのような自意識すら出てこない。なのに、平気で黙って立っているように見える。
 ある時マリアは優しい、身分のある老紳士に買われ、エルサレム神殿に仕える清らかな令嬢マリアの侍女となった。令嬢マリアは汚れを知らず、汚い感情を持たない少女だった。肌の黒いマリアを与えられ大喜びで、友達のように接してくれる令嬢マリア。マリアは令嬢マリアのことが好きだった。令嬢マリアと、その婚約者ヨセフ。揃いましたね。彼らが本心から自分に好意をもって、また善意で接してくれることもマリアは知っている。清い令嬢マリアと、汚れた奴隷のマリア。お互い友情で結ばれていたはずだが、あまりにも違う存在だった。優しくしてもらえるのは嬉しいのに、好きなのは確かなのに、どこかで感じる違和感。やがてマリアが令嬢マリアの元を去る時がくる。
 奴隷のマリアが令嬢マリアと離れる過程のひとつひとつ、ローマ兵との短い会話、またそれからの彼女の変化がとても素晴らしいと思う。苦しいはずの端的な描写が美しくさえあって、ここの流れは二番目くらいに好き。多分、この作者さまは、言葉の使い方と、文を構成するのがすごくうまいんだろうと思います。そういうセンスがあるというのか的確に必要な言葉を当ててきて、こんなわかりやすいまとまった一文、すごいなと読んでて思ったりすることもありました。

 

 前に「奴隷根性」とマリアが表現したこと、これにもとても考えさせられました。生まれた時からそうだった、というのは、実際そうじゃない人には多分わからない感覚で、その感覚を否定して別の生き方考え方を納得させるなんてことはできないと思う。それは人の手では叶わない自由。自由になるのは難しい、でも、その「自由」という言葉をはっきり自分に関連することとして使い出すマリアの口調の変化、「ですます」じゃ無くなるところが三番目くらいに好きなところかな。

 

 またいいな、素晴らしいなと思ったのが、この作品で、奴隷マリアが自分と違って原罪の無い女として令嬢マリアを真心から称え、自分の中だけで完結するのではなく、それを読者に納得させるくらいの強い思考力を持っていたこと(そのように書かれていること)。マリアは自分に関しては身も心も真正の奴隷のはずなのに、令嬢マリアの問題に関しては、彼女のことであるがゆえに、彼女の価値を貶めようとするこの世が間違っているときっぱり考え、怒りのようなものも多分持っている。他人のことなのに。そして最後には、わたしとあなたは同じ、というメッセージで、奴隷のマリア側の立ち位置をも一気にぽーんと引っ張り上げる。昔の物語だとどうしても女性が男性よりも下の立場と扱われ理不尽な目に遭うのを読まざるを得ないんですが、ただ苦しいだけの話になると本当きつい。。。ですが、このような感じで昇華されるとは思わなかったです。

 

 あと、ネタバレしそうで書きにくいですが、一番好きなのは、カイザリアの海についたシーンです。美しいシーンで。眩しい日差しが目に見えるようで。マリアが幸せそうに感じられるのでとても感動します。ここが一番私にはぱああーと輝いて見えました。私はずっと彼女にこうあって欲しかったのかもしれません。

 


 この二つの時代は交互に描かれていて、両方ともどういう顛末になりどう繋がるのか最後の方までさっぱりわからない。だから両方に引き込まれました。主題がマリアなのでどうしても私は古代の方にばかり目が行ってしまいますが、宗教となるとその後がまた大事なんですよね。


さて20世紀のポーランド。

やっと最初に戻るけれど第二次世界大戦も終わり、1956年〜。

ヤスナ・グラ修道院の修道士アンジェイはヤスナ・グラにある黒い聖母のイコンを信奉し、心から愛していた。共産主義化したポーランド当局はカトリックを迫害するが、カトリックの国民はこぞってこれに抵抗する。その渦中にいるアンジェイは祈りと戦いの日々たびたび一人の友人のことを思い出す。かつて神学校で共に学び、一番の親友だった彼はどうしているのかと。そしてアンジェイはその親友だった男と意外な形で再会することになる。

 

そのマリアを奉ずる少年たちは、聖母マリアを愛するということではじめ関りがあったのだと思いますが、今度はここでも彼らが汚れた人間、と清い人間、と隔てられたようにミュシェコは感じます。奴隷マリアが自分と令嬢マリアとを比較するのと状況は同じよう。

先ほどマリアについて書きましたが、ミュシェコが刺青を入れられたのはだいぶ成長してからで、マリアが奴隷だったのは生まれた時からだった。そこで大分違っているように見えるんだけれど、もしかしたら元々はそこまで違っていなかったのかもしれない、生まれ育った状況が同じならばこの二人はここまで極端に発現する性格が違わないかもしれない・・・という気もしてきます。

 

 

ミュシェコが出てくると急に緊張します。ピリピリして。彼は実に悲惨な経験をして、その結果彼なりに行き着いたのが自分がかつて信じたもの、愛した者への憎しみだったようで、それでいながらその信念が頑強なものでもないのはあきらかでもある。愛した自分を否定したり(あれは愛ではなかった・・・みたいな)、他人の愛への猜疑心、あんなに信じていた自分の愛が信じられなくなったから、人も愛せないで苦しむ姿が見たい、ということなのか、彼の憎しみ、そこから来る負の欲求は激しく、最初に読んだ時は先が見えない分余計に読んでいて怖かったです。私には全く覚えのない体験だし。こればかりは「わかるような気がする」などとは言えません。でも、そういう感じの人は私の周りにもいる気がする。彼は絶対に何かで報われなければならなかったのだと思う。嫉妬し、愛し、憎み、様々混乱した激しい感情が、古代イスラエルの二人の少女の間にあるものと違う形でバンバカ表に噴き出してきます。

 

 すみませんこれは、よくはわからないんですが、ミュシェコが黒い聖母のイコンに睨まれたような気がした、それで何か不安になった、という描写が気になりました。一方、アンジェイは時折、悩みのうちにある時に、同じ黒い聖母に微笑まれるのです。これは実際というよりも、多分、・・・・・・私は写真でしか見たことがないので何ともはっきり言いづらいのですが、ヤスナ・グラの黒い聖母の写真を縮小写真で見ると確かに怖い顔をしているように見えるのです。でも、大きな写真を見ると、目元はぼんやりうるんでなんとなく柔和でもあり、閉じた口元はきつくひきむすんでいるのではなく、軽く閉じて、今にもゆったり何か言いそうな、ふとした拍子に朗らかな形にも見えるのです。これは実際の2人の青年の聖母との物理的距離による視覚的な印象でもあるのかもしれません。どちらにしろ、ミュシェコと自分を睨む人との精神的距離は近くはないでしょう。

 

 現代の方が事情が複雑で、・・・と解説していくにはちょっと私には難しい話なので(というか、彼らの心の中のこととか)ここからは私が特に書きたいことだけ書かせていただくことにします。古代イスラエルでもすごく私が引っぱられて気になった言葉ですが、現代ポーランドの方でも「自由」という言葉が出てきます。これをめぐって二人が語り合うんです。そういうのは私ももともとすごく関心がありました。囚われる、というのは例えば奴隷として主人に捕らわれる、というのや、心の自由を奪われる、それはつまり、なんらかの必要があって自分で自分をそこへ縛り付ける、というのでも使われますが、私もそういう何かに囚われている一人で、そこから自由になりたいと幼少期からずっと思ってきて、やがて病んで、自力で簡単に自由になれない自分が努力と勇気とやる気が足りないと自由な人達に責められているかのように感じて、そして私じゃなくても、何かから自由になるのは本当はとてもとても難しいことなんだとやっと知って、それから少し開き直って生き始めたくらいの人です。しかも、自分が何に囚われているのか知ることが、こんなに長い時間かけて、いろんな人の意見も突き付けられて、それも併せて鑑み、そうやって考えて生きてみても正直ああかもしれない、こうかもしれない、と判断がつかず、よくわからなかったのです。ミュシェコに似てるような……。でも、それも含めて、よくわからないけど人に何と言われようと開き直って生きるしかない。この開き直って生き始めるくらいが人間にとって少し生きやすい段階に入ったのかなという、新たな一歩のように感じているところです。

 以前、開き直って平気で生きる人が図々しく土足で人の領域にガンガン踏み込んでくるんで辟易していたものだからそうだけはなりたくないと思っていたし、今でもどんな理由を聞いても自分のされてきたことは許せない、でもそれはそれとして、自分も少しくらい図々しくならないともうこれ以上何も背負えないところまできたというのが、私にとっての「潮時」かな、と思うのです。こうなるしかなかったのかなと。ただ今後、私はもっと、どこまでも自由になろうとは思っています。しぬその時にでも、なれれば私はそれでいいと思う。

 主にはそういう話ではないかもしれないんですが(?)、私がそういう風に今思っているのと同じように、この人たちは何かから自由になる。その時に初めて、それからの自分、それからの人生を自分のものにすることができ、自分のために生きることを許されるのではないかと思いました。

 

 個人的な話になってすみません。私は感想文が大の苦手なんですが、結局「感じて、想う」のだから私の心に生じるのは全く個人的な話にならざるを得なくて、私の場合内面をあまりにさらけ出し過ぎるから読む方には迷惑なことになるんですね。あまり個人的な方に傾き過ぎると作品の解釈などから目が離れてしまいがちですね・・・。でも良い読書体験をさせていただいたように思います。

 

 とても美しい文体で、ストーリーのテンポがよく、淡々とした簡潔な言葉で時にぞっとするような状況をさらっと描くところとか、全体的にすごく好きな作品でした。

 

 

JUGEMテーマ:同人誌

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posted by: nanori | 同人誌文学 | 21:39 | comments(0) | trackbacks(0) |-
感想・西乃まりも様『摘み草の薗』読みました

 

西之まりも様『摘み草の薗』

2018.5

 

http://marimondou.blog32.fc2.com/

@marimobomb

 

 感想っぽくないですが、読んで感じたことをつらつらつらつら書いてたら・・・長い!!!感想文なのかなんなのか不明!すみません↓

 

 私は昔からあんまり自然信仰がどういうのか理解できなくて何かと戸惑うことが多かったように思います。大自然に触れている時も美しさや壮大さより始終自分の体の痛みに気をとられていたり、何か人の厳しい批判や監視の目にイラついて帰ってきた…とかいう記憶ばかりがあります。でも、私は東京の中では田舎の方で育って、嫌でも徒歩数秒の距離で虫や雑木林やなんかと触れ合わずにいられなくて、考えてみると子供の頃自然の美しさや心地よさ、匂い、季節ごとの空気といった、何気ない風なことを今よりずっとよく知っていました。
二十年三十年前だからというのもありますが、小さくても死者のでる自然災害や観光客や地元の子供が川で溺れてなくなる事故は近所で頻繁にありました。私は今でも雷や川というものが怖いと感じます。それは単なる怖がり、心配性というのもあるけど、多分平原に雷がバンバン鳴りドンドコ落ちて、油断すると自分と同じくらいの子供などが自然の中で普通にしんでしまう田舎に生きていたからこその感覚だとも思います。

 「巳ノ淵」の香織ちゃんは元々神様的なものの世界を嫌っていて、山で遊ぶよりも町に出ていきたがったりします。状況などは私と全然違うけど、私もちょっと近いところがあったような気がしました。今はもういいけど、もし過去の私に茅さまのような神様が現れたら何か私本当は喜びそうだな、とか、でもそもそも私は会えなさそうだなとか、会えてもただポカーンとして一生何にも理解できなかったりしそうとか。

古くから続いてきた風習は外から見ると無責任に興味深く感じてしまうけれど、実際中に入りたいとは思わないです。でもその中にうっかりして入りこんでしまうと、そこで初めて触れさせてもらえる奥深い世界を知るのかもしれません。私は入ってないからわかりませんが。でも別に、そこに入り込まないといけないわけではなく、あくまで、必要なら呼ばれ、その必要がなければ呼ばれない、そこに良いも悪いも無い、現代社会ではよくわからない基準の世界があるようです。でもそれは何か感覚としてわかる。子供の時はわからなかったけど今は。そういうのはもしかしたら他の、キリスト教のようなのも同じかもしれません。

そこに入り込んだ経験があっても、香織ちゃんは大人になっても相変わらず香織ちゃんでした。あの薗の存在は、それでもいいんだと言ってるように感じます。あそこが好きな人もいるし、怖い人もいるし。人はとりあえず人の世界で生きるので精一杯だし。私は見えないものは有っても無くてもどっちでもいいや(今はちょっと別のことでいっぱいいっぱい)程度の認識の人間で、でも自然の美しさ、恐ろしさをちょっと知っている。ただそれだけのことで、自然なんて別に良くも悪くもないと思う。美しくて怖いというだけ。

 私は人の理性重視側に傾いているかもしれなくて、自然を見る人の意識こそが自然に意味を見出だしている(美の観念なども)気がしてしまう方。自然の流れに抗い個人の損得感情を優先して生きることも、生きる人の自由と、ちゃんとあちら側から認められていると無理矢理思ってしまう。報いを受けることもセットで。これは人によって全然違うと思うけど。
 

 私は代々実家のある地方に住んでいた訳ではなくうちはいわゆる余所者で、そのせいで嫌な思いもしたし結局馴染みはせずに結婚して土地を出ました。地元の神社お寺、お祭り、なんかには好き嫌い以前にほとんど縁がないままでした。それでも故郷の自然やそこに発生した人々の文化に愛着があります。パソコンもネットも無い時代で、遊ぶんであれば友達と外でおままごと(おままごとって昔は外でもやってませんでしたか?敷物しいて。今考えると家の中にもおもちゃは無いから葉っぱや木の実を使っておままごとをしていたのかも)して、2,3人でボール遊びしたりゴム段したり、近所のまだ整備されていない茂みを探検したりして、外にいると必ず自然に触れることになるのです。この作品は、そういうことをいろいろ思い出すきっかけとなりました。


意識と感覚と体との微妙な関係

 まりもさんの作品の中の、私の好きなところのひとつは、感触(感覚)に関する描写です。体の感覚からたどっていってやっと思い出す自分の存在、自分の意識と体がうまく繋がらない感覚、とか。

 何かに手を触れると言うとき、その触れる対象の形状や素材表面の固さ、温度、色合いその他を書けばいいようでいて、実際には感触というのは対象側ではなく触れている側の手の内側にあるものなんですよね。当然と言えば当然だけど、見ているのが文章の書き手、読み手、動作の主体、客体と大勢からんでくると一瞬わけわからなくなるような。冷たいとか固いとかはすべて人の意識による主観であり、形容詞は触れた結果の感想のようなもので。対象そのものを客観的に表現するわけではないですね。人が何かに触れてそれが固いと感じるのであれば自分の手がそれに比べて柔らかいのであり、対象の表面が冷たいと思うのであればそれは自分の手がそれと比較すると温かいということでもあって。他の類似のものと比較すると固い、冷たい、ガサガサだ、ということであれば、そこで比較しているのは当然触れる本人の意識ですし。そして意識の触れる、自分の手が触れる対象が自分自身であることもあります。何かに相対する自分が有ってこそ感覚というものが有って、そこでやっとこの対象について描写する意味があるのだと感じる時があります。
 だから視覚聴覚触覚……あらゆる感覚を言葉にするときに、多分、対象の形そのものをイメージする以上にそれに対する主体の感じかたをとにかく懸命に知ろうとし、きちんと描写しようとしなければならないと思うのです。架空の話だと余計大変です。だから懸命にするんです。その辺をおざなりにしては多分、伝えたいことがきちんと伝わらない時がある。この作品は基本的に、人の意識が見慣れないものや不思議なものに触れる話なので、まりもさんはそういう繊細な作業をとても丁寧にしていて、というか、こういうのをひたすら書きたいと思っておられるのではないかと感じてしまう(わからないけど、っていうか私の勝手な見方だけど)くらいの熱の入りようで、そういうのが私はとても好きなのです。そういうのがあるから私だけでなく多分読み手は皆どんどんこの世界に引きずり込まれるのではないかなと思いました。この作品もそうだし、舞台がつながっている過去作品「記憶の森」も、そういうところ好きです。
 



 人間は遠い過去から似たようなことを多分ぐるぐる繰り返しながらやってきて、やがていつか薗や茅さまへの人の信仰は見失われるかもしれない、そして新たなものに支配され、それでもまたぐるぐる同じように悲しい歴史はやってきて、また茅さまは生まれてきて、人は信仰し、その世界に馴染み……。
そうやっていろんな時代に人間は嫌でも生まれて生きて苦しんでしんで、そう思うとつらいですが、その中には温かさや穏やかさも多分どこかにあり、有って欲しいと願い、大切にし大切にされる茅さまがいることが嬉しくて泣けてくる。こういうのが何なのか私にはわかりませんが、この作品の世界で少なくとも私は彼の存在にほっとしています。
 

 

 キダサユリさんの表紙、挿絵は素晴らしいですね。最初表紙の人物の顔や姿勢はあれ、まりもさんが描いた?と最初思ったくらいまりもさんの文の雰囲気と合っているように感じました。「巳ノ淵」の香織ちゃんの挿絵がすごい好き。私は縞々が好きで、適度な細い間隔の縞々があるだけで好きですけど…。葉っぱもそうですが長い髪の毛の描き方とかが美しくて、でも一気に長い線で髪を描きすぎていないのが可愛い少女らしく感じて、いいなあと思いました。

 

 

 物語について・・・それぞれよかったです。最後の「薗の宴」よかったです。一番短いけど締めくくりにふさわしく穏やかで美しい作品でした。ストーリーということではなく。簡単ですみません。やっぱり私は最初の「巳ノ淵」の香織ちゃんが好きかなあ。すごく可愛い子だと思います。

 多くの方に読んでいただき、この世界の良さにそれぞれの心の感覚で触れていただきたいと思いますね。

 

 

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posted by: nanori | 同人誌文学 | 20:05 | comments(2) | trackbacks(0) |-
桜桃忌フェアいろいろ

とある駅の駅ビルで桜桃忌フェアというのをやっていました。

 

 

 

各店で太宰にちなむものをこの期間売り出しているよう。

 

ポスターは、本の形の枠にこのように書いてありました。

この辺おしゃれな感じですねー。お酒は飲まないけど。クッキーも食べてみたい。

津軽、は青森のラグノオというお菓子屋さんの製品のよう。

 

 

珈琲もかっこいい。三鷹には結構「太宰が来ていた」というお店やらなんやらが有ったりする。

 

 

名前は普通だけど、美味しそうなチーム。

桃は漢字から?

でも実はこのスタバメニューは全国のスタバで普通にやってるようなので(値段も同じ)厳密にいうと単にフェアに便乗してるだけの感じかもしれません。食べてみたいけど。ところでKINOKUNIYAベーカリーのドーナツはめちゃくちゃおいしいです。ミスドとかよりほんのわずかに高いかもしれないけどさすがパン屋さんのドーナツ。パンはちょっと高いからあんまり買ったことがありません。。。

 

 

花屋さんの桜桃忌ブーケにはなんとさくらんぼが。っていうか、さくらんぼどうなってるのか気になる。食べられるのかな。

そしてよくわからないけどリラクゼーションサロンの特別メニュー「むくみ足失格」が地味にすごい。。。説明をよく見ると、ちゃんと青森にちなんだ?リンゴ果汁ベースのドリンク付きです。

 

 

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posted by: nanori | 面白いもの | 15:18 | comments(0) | trackbacks(0) |-
フルール・ド・フレッシュ??

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時々行く駅のホームへ降りる階段が好きです。ちょっと前にすごく素敵になって・・・・・・

いつもぽーっと見惚れてしまいます。

これ・・・

 

 

昇る人と降りる人の流れがぶつからないように階段を赤と青に塗って、更に黄色い矢印で昇りか下りかを上下を向いた黄色い矢印で表しています。前はもっとはげちょろの矢印プレートを貼ってるだけだったのが、ちゃんときれいに塗ったか何か貼ったかして、新しくなったのを見てはっとしました。

 

 

 

 

 

 

↑私にはこういう感じに見える・・・

 

 

側面じゃなくて上の足で踏む面がやっぱり薄汚れてるので、見る角度を変えるとちょっと残念です。たから下から見上げるのが好き。大抵人が通ってるので写真撮るタイミングが難しいし、ホームにも普通に人がいっぱいいて不審に思われるかもだからこそこそ撮りました(--;)

 

 

 

 

かっこいい〜。

 

 

三鷹駅に行ったら、JR中央線上りホームの階段を見てみて下さい。

 

 

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posted by: nanori | 好きなもの | 09:51 | comments(0) | trackbacks(0) |-
6月の通院

月一回の通院です。新しいクリニックに転院してから2回目の診察です。

 

 私の場合昼12時前後、昼食が遅れると昼の1時頃にはもう必ず低血糖になってしまいます。でも午前中は普通に朝ごはんの分の血糖が上がっていて、フリースタイルリブレで見ると朝ごはんの2時間後10時頃に血糖のピークがきていて、そこが何か200とか250とか普通に上がってる。。。

 ずっとランタスを使っていたのですが、ランタスは効き目が長いけれどやはり効き目の山があるのと、超速効(ノボラピッド)の切れた後の時間なのにがたーんと低血糖になるというのはこのランタスが量的に多いのかもしれない……と病院で言われ(確かにそういわれればそうだ……)だけど、食後の血糖は上がってるので朝食の超速効を増やしたいところだけど低血糖になるんだったらあんまり増やせない、ということで、ランタスを変えてみることに。

 同じランタスでも濃度の濃いやつ。

 

新しい緑の子。

 

えへへ、ランタスXRです。かっこいい〜。

 

 

 普通のランタスに比べ効き目の山が緩やかな感じみたいです。

 

 あと、カッパさんにも聞いていた尿アルブミンのことを聞こうと思ったらいつのまにか、先月既に検査に入れて出してくれてたみたいで、上がってると初めて言われました。。。え〜(´・ω・`)

 受付のとこにあったこのパンフレットもらってきたんだけど↓

 まだそこまで深刻になる必要はないしとりあえず自分の力でどうしようもないしという感じらしく、腎臓の薬を出してくれました。

 

 

第1期「糖尿病にかかっている」の、そら豆?が、体がつらいのかな。。。(´・ω・`)第3期は本当つらそう。。。こんな顔見るとかわいそうになる。。。(T△T)

あっ、別のページ見たらそら豆じゃなくて腎臓だった。。。

 

先月に行った時の検査、だからこれは↓先月の時点での結果になるんだけど、

 

 

 ↑こうやって線入れてくれたり意味を書いてくれたりもそうですが、看護師さんが私がわかりやすいようにすんごいあれこれ書いてくれました。ありがたい( ノД`)

 大きい病院と違って高度な検査は院外に頼んでいるようです。

 ニュータロンは血圧を下げる薬というのでよく使われるらしいですが、私はもともと血圧が低い(80/58とか)ので一応注意しておくように言われました。うちの近所のかかりつけ薬局もよくしてくれる薬剤師さんがいて、気分悪くなったりというのがあったら連絡してくださいねーと言ってくれて、この女性の薬剤師さんは安心していろいろ話せるからありがたいです。

 

 

 

 あと、女子医大でも言われて紹介状にも書いてくれたし、こっちの病院で前回も更にいろいろ検査してくれて言われたんですが、鉄欠乏性貧血らしく、一か月鉄剤を飲んでました。すると貧血が、先生があれっというくらい回復していたらしいです。あんなに低かったのに、すごいねーさすが〇〇歳くらいだと回復が早いねーと言われた。なるほど、もうちょっと歳とってくるとこういうのでも回復に時間がかかるんですね。貧血は、女性の場合しょうがない部分があるそうですが、体全体のことこれからいろいろ気を付けようと思います。とりあえずは鉄が戻ったけど、貯蔵分を作っておかないとまたすぐ減ってしまうらしいので、あと一か月鉄剤を続けることになりました。

 

 で、(女子医大でも、こっちでも)先生たちが言ってた通り、貧血が回復したらいきなりヘモグロビンA1cが下がった。。。

先月7.5%→今月6.6%

 えっ、いきなりこんな下がって大丈夫なの??ですが、これは血の中のヘモグロビンが増えたせいで数値が下がってるだけで、実際は本来の数値が高く出すぎていたみたいな??だったかな。だからこんなに下がったというより正しい数値が出るようになったって感じなのかな。多分。。。

 フリースタイルリブレで出してくれる予想値よりいつもずっと高くて通院のたびにがっかりしてたんですが、何かほっとしました。私の感覚でも、今月頑張ったという月でも、低血糖が多すぎてもうやだーという月でもいつも通り全然変わらず7.5%より下がらないので、えー私の体は何かおかしいのかなとわけわからなくなってたんですが、何か医療が答えをくれると安心しました。

 今回もそうそうー。こういう風に知りたかった、ということをすごい詳しく教えてもらえました。

 今日ついててくれた看護師さんは前回と違う方だったけどやっぱりすんごい1型に詳しい。。。

 

 

 今回の看護師さんはもともと私の行ってた女子医大にいたそうで、カーボカウントが言われ始めた頃にセンター長が「うちではカーボカウントはしません」と宣言していたので多くの先生が反対派だった、というのは私の感じた通りだったそうです(※そういう方針というだけで、女子医大は女子医大のやり方で患者さんのことを本当に考えてくれる病院でした)。なので先生はカーボカウントのこと教えてくれないし、関西のお友だちに本をいただいて勉強して、大阪市立医大の川村先生の初心者公開講座みたいなのとか、そのお弟子さんの先生の公開講座とか受けて、本読んで。。。ってやってたんですが、「実践」となると本当私そういうの苦手で困ってました。

 このクリニックでは基本的にカーボカウントを推奨しているので、わからないことは栄養士さんが(栄養士さんが?!)指導してくれるとのこと。今度指導受けてみようと思います(`・ω・´)栄養指導って食品交換表のあれしか教えてもらったことなかったんでああいうのしか無いのかと思ってた。。。

 

 うわー、今回もやっぱり濃い診察日でした。でも楽しかったというか、いろいろ良いものをもらってきたような感じです。

 

 

今日のバッハ様。

 

 

アレグラメンテ…明るく楽しく

 

 

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posted by: nanori | IDDM(1型糖尿病) | 12:28 | comments(2) | trackbacks(0) |-
自己流すぎるプチリメイク部その6〜デニムスカート

 こないだ商店街のお祭りで元ヅカの方々のショーに見惚れてたら終了後そのままの格好でトップスターのような雰囲気の方々がうちの親に「来て下さったんですね〜」と挨拶してくださったついでに私がその娘と知って「お世話になってます!!」と思いがけずいきなり話しかけて下さって、あのメイクと衣装であのスマイルで取り囲まれてアワアワアワワしてしまったけど、何なんなんだ母、って感じですよね。。。(あくまで商店街の中での話です)。もしあんな方々にこんな間近で取り囲まれて愛を語られたりしたら私アワアワ興奮して卒倒しそう。

 

ヅカショー

 

 

大人の興奮をよそに、ぬー子は一番前の席に座らせてもらってたのに上目遣いで黙ってチラ見…何が起こってるのか…といった感じで固まってました。

 

 

 

 さてスカートにスリットを入れるリメイクです。

 

 

 

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posted by: nanori | 手芸 | 04:30 | comments(0) | trackbacks(0) |-
転院

突然ですが、転院しました。

これまでT女子医大の糖尿病センターにお世話になっていたのですが、主治医の診察枠が元々少なかったのが、事情があってもっと減るとのことで、私もほかの先生に担当していただく可能性が出てきて、それをきっかけにもっと近い病院に移ろうかなと思っていました。

 

 やっぱり遠かったからなあ…いや、新幹線で通ってくる人もいる(らしい)天下の女子医大だし、これでも私は近い方なんだけど。子供が産まれてからはこれ以上無理かも…といつも思ってました。一時保育に預けるのも難しく(競争率が高過ぎて。)連れて行ったけれど地下鉄の乗り継ぎがベビーカーだと大変だったり。予約してても一時間以上待ったりするので子供ももたないし。

で、わざわざ他の市の長時間+長期休みにも延長保育がある幼稚園に入れたのに、入ってみたらまだ子供たちが慣れてないからと年少はしばらく預けられないとわかり(|| ゜Д゜)4月の受診日は夫に仕事休んでもらってお迎え行ってもらったけど、毎月は無理じゃん。。(幼稚園は時間が短いので微妙に送り迎えのどっちかに間に合わない)

 

 

 ということで、早速糖尿病専門医のいる病院をネットで調べました。結構良い病院を見つけたので女子医で相談し、紹介状を書いていただくことに。それからすぐ新しいところに移りました。

 最後の女子医大の日はちょっと何か感慨深かったです。少しだけ病院内をうろちょろしてきました。

 

 最初の主治医内潟先生に「あなたここ行ってきなさい!!」と九大病院(えっ)に送られたんだったなあとか。その内潟先生ももう退官されて。九大の瀧井先生も退官されて…( ノД`)…

「さかえ」もここの資料室で読んでたし、採血の後は皆あんまり気がつかないふかふかの結構良いソファーがに座って止血してたなあとか。

あと、7年前、東日本大震災の翌日くらいにもともと予約が入ってて、不安だったけどだからこそインスリンは手に入れておきたかったので受診しようと出かけて、普通に先生は来てて、だけどいつも激混みの病院が空いてた…さすがの新宿も皆ちょっと不安モードで、お昼食べにサブナード行ったけど食べ物屋は「一応今日は営業してます、よ、とりあえず」みたいな感じで。

 

あと、病院帰り歌舞伎町近く(中にはできるだけ入らない)で変な被害妄想?おじさんに絡まれてつきまとわれ、通行人に助けてもらって東口交番に逃げ込んだ思い出とか。

あとは忘れちゃった。

 

という感じでありがとうごさいます、お世話になりました女子医大!あちこち病院にかかった中でもここほど採血のうまい病院は無かったです。

でも今後もし問題とかおこったり。。その他の難しい治療の時は戻ってくるかも。。。戻って来ないですめばいいな。

 

 

 

 

っていうか、新しいところは近いです!!!電車で3駅。駅から3分。あと、フリースタイルリブレが使えるところだとわかっていたので、それも大きいです。

 初日、まず看護師さんと面談、いろいろ検査を受け、自分の話、転院の経緯など聞いてもらったりして、そのあと先生の診察を受けて、また個室で看護師さんと(この看護師さんもめっちゃくちゃ1型のこと詳しい…)今後のやり方を考えたりいろいろお話させていただいているうちに気づいたら子供のお迎え40分前?!?!3時間半くらいいたよ。急いで会計して電車乗って帰ってちゃんと園バスの時間に間に合った……やばい。すごい時間かけてもらって、本当ありがたいです。( ノД`)

 

近いのももちろん希望通りなんですが、ここは1型の患者さんが多くて患者会があって勉強会のようなのもやってて…。というか、1型を多く見てる先生の方がいいなあという点が希望通りで。

 

先生も看護師さんも、あなたに良いやり方でいい、あなたのやりやすいのでいい、ごはん何食べてもいい、普段おやつは食べるの?あ、いいんですよ食べて、服の上から打つことは?あるなら長い針の方がいいですね、短いのは抜けちゃうことがあるから。あなたの生活にあったようにして、困ってるならうまくいく方法を一緒に考えましょう、カーボカウントは聞いたことある?というようないきなり全肯定Σ( ̄□ ̄;)?また、面倒見が良すぎて…1型なのに?!とにかくびっくりしました。えええ〜。今世界はこうなっているのか、というような。諸々非公式の方法について「暗黙の了解」ではなくはっきり向こうからいいよと言われるとはあんまり思ってなかったかも。。。わりとこう、女子医大では自立した患者さんが自分のペースでやって、先生は向こうからはあんまり教えてくれないけど結構自由にさせてくれる感じで。カーボカウントやインスリンポンプには否定的だったけど。

 

新しい病院は医大病院と比べるとかなり規模が小さいクリニック、なので一人一人に時間かけてくれるようで、個別指導塾のように面倒見がよく、ADHDぽい私にはかなり助かるとわかりました。女子医大では「適当に」「感覚でおぼえる」というのを推奨していたけれど、それだとむしろわからなすぎて私は混乱してしまっていたようです。

 

 

看護師さんも親身になってくれるけど、新しく担当してくださるK先生もすごくいい先生……。はじめまして、よろしくお願いしますというあいさつの時から先生がじーっと私の目を見てて、目そらさない…私はふと九大の瀧井先生とか思い出しました。いえ感じは全然違う方ですが。診察には看護師さんがいつもいっしょにいて、診察の後に振り返り、みたいなのを一緒にやって確認してくれるとのことで。え、個人病院ってそこまでしてくれるの?!?!?!

 

何かつい焦ってばかりでしんどくなってましたが。

おいおいやってみます。

いやもっともっと意識してゆっくり、落ち着いていこう。と思います( ゚Д゚)ゞ

 

 

 

 

 

 

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posted by: nanori | IDDM(1型糖尿病) | 23:05 | comments(2) | trackbacks(0) |-