Search
Calendar
  12345
6789101112
13141516171819
20212223242526
2728293031  
<< May 2018 >>
twitter
Profile
Recommend
ひとりぼっちを抱きしめて
ひとりぼっちを抱きしめて (JUGEMレビュー »)
日本糖尿病協会,荻原 友未,滝井 正人
過食症になった1型糖尿病の女性と医師の往復書簡
New Entries
Category
Recent Comment
  • 転院
    なのり (05/26)
  • 転院
    カッパ (05/21)
  • フリースタイルリブレのケースを手作りしてみました
    なのり (05/18)
  • フリースタイルリブレのケースを手作りしてみました
    カッパ (05/16)
  • 第二十六回文学フリマ東京2018遊びにいきました
    なのり (05/15)
  • フリースタイルリブレのケースを手作りしてみました
    なのり (05/15)
  • 第二十六回文学フリマ東京2018遊びにいきました
    まりも (05/11)
  • フリースタイルリブレのケースを手作りしてみました
    カッパ (05/10)
  • 子供の映画を横で見た「ロールとローラ うきぐも城のひみつ」いろいろ思った ネタバレあり
    なのり (04/27)
  • 子供の映画を横で見た「ロールとローラ うきぐも城のひみつ」いろいろ思った ネタバレあり
    カッパ (04/25)
Recent Trackback
Archives
Links
mobile
qrcode
RSSATOM 無料ブログ作成サービス JUGEM
よく怒り、よく悩み……「聖ペトロよ、この母子を祝福したまえ」感想

 

 

文芸同人誌

クリスマス市のグリューワイン 檜さま @hinoki_myth

 

http://vinchauddenoel.blog.fc2.com/

 

「聖ペトロよ、この母子を祝福したまえ」感想です。

(2017年発行)

 

 戯曲作品です。
 女教皇ヨハンナの話と聞いた時点で、この本が面白おかしいものではないとわかっていたが、それでもヨハンナを書く人がいるなんて、という興味にとりつかれて購入してしまった。あー、疲れてるのに今読まなくてもと思いつつつい本を開き、次々ページをめくっていた。やはり重かったけれど、目が離せなかった。強い立場の者は弱い立場の者を理不尽に馬鹿にして虐げ、反抗すれば叩き、弱い立場の者たちはその弱さから足を引っ張りあうしかなく、脱落者は死ぬ。私には現実の世界が、この話の舞台のように絶望的で閉塞したもののように感じられることがある。
 ジェンダーを扱った話、という見方をするべきだろうけれど、ヨハンナの苦しみは実は全人類の抱える苦悩でもあるように思える。このヨハンナはしかしとても強い精神を持っていて、女であることから来るあらゆる重圧に簡単に押し潰されることなく、必死に生きて行く。彼女を突き動かしていたのは理不尽な世の中や歪んだ偏った価値観への強い怒りももちろんあったけれど、同時に神への絶対的な信頼でもあった。感覚だけでなく、理性を信じ、冷静に戦い勝ち抜いて来たのは頭が良かったからだ。だが神学校の優秀で頭のいい男たちは、彼女ほどにはキリストを理解することができなかった。人はどうしても自分の感覚に絶対的な信頼を寄せてしまうからなのではないか。世の中では皆こう言っているからあたりまえ、これが常識、という感覚は、とても強く人を引っ張るものだから。それが偏見であることにすら普通なかなか気付かない。男という立場の強い存在であれば尚更。

 ヨハンナはとてもよく怒って、すぐ喧嘩もする。そして、なかなか答えを与えてくれない神の前に、悩み続ける。そして私はキリストを思い出す。

 学生の頃、新約聖書に触れる機会があったが、私にはキリストの教えがとても難しく感じられた。一番強く印象に残っていたのは、キリストは「怒ってばっかり」ということだった。神殿で商売してる人の屋台を蹴散らしたり、せっかくキリストに理解を示して誉め称えてくれる人たちに馬鹿なことを言うな愚か者、というような不機嫌そうな言い方したりし、また弟子たちのこともしょっちゅう叱ってる。何でこんなに怒ってるんだろう、と思った。また、最も理解できなかったのは、ゲッセマネの園で父である神の考えが推し量れず悩む姿だ。こんな、私のような下々でもあるまいし、徳の高いお方が何を思い悩んでいるのだろう、何が怖いんだろうと。真理なんてちゃんとわかってるだろうし怖いはずなんてないのにと。ヨハンナも、これと似たような種類の言葉を人から投げつけられている。

 そして、ヨハンナもまた、ゴルゴタの丘への道を行く。それは凄惨な口上の重なりに、読んでいて圧倒された。こんな風に書ける人がいるんだ……。そうかこれはキリストの歩む道と同じだ。神はなかなか答えない。そして私は、あまりにも凄まじい言葉の応報に、だんだん何が真実なのかわからなくなってゆく。私は受け止めきれず心細く恐ろしくなっていく。しかし、ヨハンナは大衆の罵倒に全く臆することなく、怒り、力強く説き続ける。そしてマルチェロの最後の言葉が、全くその本人の意図に反して、そして恐ろしい絶望的な周囲の状況とうらはらに、どこに真実があるかを読者に対してのみ明白にするのだ。
 はっとした。彼女を突き動かしていたのは、怒りと、悩んで判断し選んできた自己の意志だけではない。神への信頼(信仰)はもちろんある。ただ他の人達と違って彼女を最後の最後まで歩かせたのは何なのか、キリスト教徒でもない私に正しい答はわからないけれど。ペトロがどうだったのかわからないけれど。そういえば、ただ愛であったんだ、と思った。ずっと。それは我々の知っている、日常のぽかぽか温かい愛なんかでなく、流血と罵声の中での、残酷な犠牲を伴う、絶対的な愛だったのだと思う。しかしそれは崇高というよりも、私のような、またマルチェロのような、地べたでへたりこんでいる人たちの位置まで降りてきてくれるとてつもなく優しい愛でもある。これがあまりに生々しく訴えかけてきたので、初めてキリストを、ひとつの方面からかもしれないが少しだけ理解できた気がする。そして、私は観念ではなく人としての自分と、また観念ではなく人としての他人についてふと思いを致した。

 ただし、この作品が描いているのは宗教ではなく、あくまでヨハンナという神の道を生きた人だ。この作者様もキリスト者ではないよう。自分の宗教に関わらず読んで問題無い。多くの人にとっていろいろ感じるものがあると思う。衝撃的な作品だった。

 

※(すみません次いつどこで買えるかわかりません)

※ https://plag.me/p/textrevo06/4673

  ↑ここに本の内容が詳しく書いてあります。

 

 

 

JUGEMテーマ:同人誌

続きを読む >> web拍手 by FC2
posted by: nanori | 同人誌文学 | 10:33 | comments(0) | trackbacks(0) |-
繭子さんも私もの話

 プーリップのヂュオラー、十何年も欲しいなーと思いつつチャンスに出会えず。今更……でもなあ。。気になる。。今出てるけどこの金額かあどうしよう。。今度にしようかな。。を、十何年繰り返している。

 

 

 そういえばあんまり作品について誰にも話したこと無かったけど、『ヒトガタリ』に書かせて貰った「繭子さんも私も」の主人公麦子のような人とは付き合ったことなくて、彼女は私にはあまり身近に感じられる人ではなかったりします。普通そうに見えてあんまりこういう人いないかもしれないけど。身近というか、まあならないけど一番私が陥りそうな立場って誰かというと、あやのちゃんです。私はちやほやされたことないけど彼女の事、或る面では少し理解できるような気がする。麦子のような家庭的な面も持つ真面目で不器用な人を書いてみたかったけど、麦子は私の理想で、あやのが現実、みたいな。


『ヒトガタリ』は、2017年8月27日(日)11〜16時に尼崎市中小企業センターで開催される文学イベント「尼崎文学だらけ」で置いていただけるとのことです。


関東の人間には尼崎ってどこ状態ですが(すみません…)、兵庫県のようです。尼子騒兵衛先生?くらいしかイメージが……。

面白そうなイベントなのでいつか行ってみたいです。

 

尼崎文学だらけ

http://necotoco.com/nyanc/amabun/

web拍手 by FC2
posted by: nanori | 同人誌文学 | 01:05 | comments(0) | trackbacks(0) |-
ヒトガタリ

 

 

 出ました。人形小説アンソロジー『ヒトガタリ』!!!

 私も「繭子さんも私も」という作品で参加しています。

 

 素敵な表紙で*(人´∀`*)サモトラケのニケ。評判良いです。表紙〜いろいろ、西乃まりもさんが作ってくださいました。中の本文レイアウトなど、これも結構大変な作業ですが、柳田のりこさんです。ヒトガタリ、というすごいタイトルは杉背よいさん。ありがとうございます。本作るって本当すごいことだなあ。

 

 「人形。ヒトガタ。その儚さと輝き。

  バンドマンと紳士人形、

  原生人間とクローン人間、

  着付け教室の生徒とマネキン人形、

  女神像と巫女。

  ヒトの形をしたものと、それを取り巻く人々が織り成す、四つの物語。」

 

 そうです、人形は人が作ったもので、人のそばに寄り添うもので、人が何かを託して水に流すもので、いろんな形状や意味合いはあるでしょうが、人のいない別の世界に存在し(ているかもしれませんが)ているより、人がそれを見つけ、人のそばにあることで何らかの輝きが放たれるように思います。そして、物なので時には人の寿命より長く存在するようにも思えるのに、逆に何か儚さがあります。

 

4つの物語です。

 

杉背よい「シンギング・オブ・粉骨」

柳田のり子「別世界」

匹津なのり「繭子さんも私も」

西乃まりも「弔う火」

 

 全部全く違う世界観のお話で、人形も全然違います。でも全部、人形と人との交流です。

 まあ人形が何かのアクション、リアクションをするという点では、ファンタジーとかSFとかの力を借りることにはなりますが、結構リアルな世界観だったりして、それぞれの世界にぐっと引き込まれるのが読んでいて楽しいです。

 あんまりネタバレできないのですが……

 

 

杉背よいさん「シンギング・オブ・粉骨」

よいこぐまさん←クリックしたら大きくなり、本文冒頭読めます。

そう、バンドマン。おっさん人形ってとこから結構コミカルな設定ではありますが、かなり繊細な人間の心の描写が胸に迫って来て、華やかな世界や笑える設定がメインではなく、ここへもってくるのかという。テーマの「人形」からこういうお話を作るのか……。

 

柳田のり子さん「別世界」

柳田さん←クリックしたら大きくなり、本文冒頭読めます。

SF世界なのでちょっと不思議な感覚の人達ではありますが、彼らもいとおしいというか、ちょっと現代の感覚では言葉にしにくいような感動(なんだそれは)や得も言われぬ寂しさがあって、すごいな……という、頭全体どっかへ持ってかれるような衝撃を受けました。これも、「人形」からこういうお話を作るのか……。

 

西乃まりもさん「弔う火」

まりもさん←クリックしたら大きくなり、本文冒頭読めます。

これ、あまり筋や設定を言いたくなくて、本音では前情報無しで読んでもらいたいです。深い自然や建物が目の前に浮かんでくるような、静かで清らかな空間と、人間の情念のバランスがみごとで、何というか、一昔前の昼ドラのどろどろ、割と私も好きなんですが、一歩違えばああなりそうなのに、人形が絡んでとてもこう、しーんとした、不思議な静寂が生まれ、その中に潜んだ女の情念、というのが恐ろしくも非常に美しいと思うのです。書きすぎてしまった!!本当、「お人形」からこういうお話を……(以下同文)

 

最後に私、匹津なのり「繭子さんも私も」

まりもさん←クリックしたら大きくなり、本文冒頭読めます。

現実の東京都立川市周辺を舞台にしたお話です。実は繭子というのはずっと昔私のお気に入りの和装マネキンに付けた名前そのままで、その辺の設定だけふと思い出して持ってきました。多分これで一番普通な感じの作品。私は人形好きだけれど、人形と仲良いお友達になりたいとかは思っていなくて。私はやっぱり冷めた大人だから人形は人形なんですよね。親しみを持つ反面冷静に離れて日々の生活に帰るようなところもあっていいと思って。だからお人形好きの人でもコレクションが増えすぎたら売っちゃったりもするし。それでいいと思うんです。私の人形とのかかわり方みたいなのがちょっとこういう形なのかもしれないなと…本当人それぞれですが。

 

 

 良い本になったと思います。これから各地の文学系イベントなどに出現する予定ですので、是非皆さん、『ヒトガタリ』をよろしくお願いします。

 

 柳田のり子さんがブログでイベント参加情報なども詳しく書いていてくださってます。

http://yanabunn2.seesaa.net/article/441791487.html

 

JUGEMテーマ:同人誌

web拍手 by FC2
posted by: nanori | 同人誌文学 | 20:30 | comments(0) | trackbacks(0) |-
『おなかがすいて眠れぬ夜に』感想

 

世津路章さま

掌編≪俺のグルメ≫FESTIVALアンソロジー『おなかがすいて眠れぬ夜に』

 

 

http://conpotanomoo.blog.fc2.com/

こんぽた。様 (@compota_nomoo) のブログで[活動予定]の「グルメアンソロ」と書いてある本だと思います。気になったらイベントをチェックして是非入手してみてください。また、通販では架空ストアさんで手に入るようです。

架空ストアさんのページ → https://store.retro-biz.com/i12784.html

 

 

 私がこれまで読んだ本で、一番ひたすら幸せな本かもしれないです。48名の「これが!俺の!グルメだ!」というテーマの掌編アンソロジーです。あ、a piacereの相方のまりもさんも書かれてて知ったんですよ。

 

 ここから、病気に関連するめちゃ重な感想なので、一応記事を下に畳んでおきます。こういう風に読む人もいるよ、ということで。作者様方に感謝です。

 

続きを読む >> web拍手 by FC2
posted by: nanori | 同人誌文学 | 14:32 | comments(4) | trackbacks(0) |-
並木陽さま「斜陽の国のルスダン」感想書きました
斜陽の国のルスダン


並木陽さま 『斜陽の国のルスダン』@namicky24

 
 物語性のある美しい表紙ですね。帯もよく見るとただの黒じゃなくて美しい模様が入っているのです。あと、表紙のカバーの中と付録のサンスクリットみたいな日本語の書体も何か好き。別冊付録も嬉しいです。

 大きな危機を迎え傾きかけている国中世グルジアの女王のお話。もう一人で号泣してしまいました。
 以前グルジア史アンソロジーで並木さんがこれを題材にした短い漫画を描かれていて、そのイメージが初めにあったのですが、本当にあの絵のように繊細で美しい、こんな美しい歴史小説があるのかと思うような作品で、出会えて良かったと思います。もしかしたら少女漫画趣味ともいうのかもしれません(良い意味での、若い女性が特に好みそうな)が、かなり本格的な研究や考証をされた上でのしっかりした構想のお話で、結構誰でも読んで楽しめるだろうと思いました。非常に情緒的であり、また淡々と端的にまとまっているので骨太の長編大河ドラマみたいな雰囲気ではないのですが、文に余計な装飾が無いのに美しく、潔い感じの文章で引き込まれました。潔い……と感じたのは、山場はたくさんあってひとつひとつに思い入れを示しつつ、すぐ次に切り替わっていく潔さというか。こういう所が格調高く感じられるのかなあ。
 歴史ものに限らず、弱い立場として描かれる女性の、しかも若くて力のない人が頭を使って積極的に危機に立ち向かっていく話というのは下手をすると小賢しいような、逆に感情が激しいだけのありきたりな薄っぺらいものになってしまいそうでとても難しいと思うのですが、ルスダンいいですね。最後の方の決断とか、すごい素敵だと思いました。

 しかし歴史小説はいけない。結末が決まっているというのは、運命が決まっているという風にも感じられて。運命、というのは普通のお話の、現在進行の形の時間の流れの中ではあんまり意味が無いようなもので、何とでも辻褄合わせて言えるものだけれど、歴史の場合は事実がそこに閉じ込められているのだから、どうしてもああ、いまこんな風に楽しそうでも後でどうなることやら……と思ってしまって、だからまず最初の楽しそうな辺りで泣けます。あどけない頃のルスダン王女と、ルーム・セルジュークの美しい王子の微笑ましいやりとり、ここ私は本当泣けてしまいました。(´;ω;`)宝塚のエリザベートでも私は♪おひる〜には〜しん〜せ〜き……の歌のところでぼろぼろ涙をこぼしてしまいましたがああいう感じというか。
 ……あまり内容を詳しく書いてしまうともったいないので実際読んで頂くべきだと思います。どきどきわくわくする感じの爽快な話ではないのですが、その中でギオルギとかナサウィーとかとても味のある面白い人たちがいて、最初から最後まで楽しめました。
 ディミトリはちょっと不思議な人で、というかあんまり我が強くないから具体的にどのような人物なのかこの短い小説の中ではわからない部分も多いのですが(というか多分すごくいろんな悦びや悲しみで構成された人なので、こういう人だと最後まで断定したくない感じ。それはルスダンだけがわかっていればよいと思う)、落ち着いたいい人で線が細く野心が無いというか分をわきまえた頭脳派、と思ったら結構力技も使ってるから存外男っぽいのか、馬に乗る人だし。でもやっぱり帝王さまに愛されてると華奢な美少年のイメージになっちゃうし。下の立場からルスダンの魅力を単に引き立てているというよりも、弱かった彼女と同じ列に並んでいるような弱ーい立場の謙虚な少年であり、そして誰よりも強くルスダンを守る男でもあり。

 物凄いたくさん人が死んで、古い残酷な物語の雰囲気を含むから読むのがしんどくなる時もあるのですが、上記のように淡々と進めてくれるのでなんとか耐えられる……
 私は結構毒を含んだ文章が好きだけれど、そんな自分を思い違えていたのかというくらいこの清純な印象のお話を夢中で読んでいたのでした。もちろんなまなましい光景は小説を読んでいても目に浮かぶのだけれど「淫蕩」と言われるルスダンがあくまで清純に、といっても彼女は別に無知な小娘ではなく、逆に酸いも甘いも噛み分ける賢い女というのでもないのですが、清濁知っていてもそれでも尚清純である女性に描かれているように思いました。そしてどんな歴史書にも載っていない、弱く美しい無力な少女であり、そして冷たく心底強い女王でもある、これこそがルスダンだと言っても私はいいと思う。ああそうか、彼と彼女は似てるのだ。弱くて強い。最後、胸に突き刺さってくるような美しい歓喜を、もう本当涙なしには読めませんでした。最後は特に何度も読み返して、とても好きでした。
 
JUGEMテーマ:読書
web拍手 by FC2
posted by: nanori | 同人誌文学 | 21:18 | comments(0) | trackbacks(0) |-
2015年秋文学フリマ東京本の感想その2 ※ネタバレ注意
頭真っ新な状態で読みたい方は一応ご注意ください。


『喫水線』表紙

ヨモツヘグイニナさま『喫水線』

というご本に出合って。
 よもつへぐい、というのは多分古事記のあれだろうと思ったけどヨモツヘグイニナって? と思ってとりあえずネットで探したら不思議なタニシみたいなのの写真が……ああ、になかあ。ということでこのタニシもまた面白かったのですがあんまりくどくど書くのも野暮ったいような気がするのでここでは省略……。とにかくこの表紙のように、暗い水の中を思わせる不思議な話のご本でした。今日はとりあえず一作品だけですみません、孤伏澤つたゐさま「迎え火」の感想を。

 一緒に入っていたもう一つの作品はまた時間ができたら後日もっと詳しく書かせていただくかもしれませんが、せっかくだから一言だけ。渦保さまの「海面のクラゲ」は何かものすごく可愛らしい。読み終わっていとおしくなる。まあ状況としてはいろいろ怖いんだけど。


孤伏澤つたゐさま「迎え火」 @tutai_k

 世界から見捨てられたような排他的な過疎の漁村で、数少ない子供として老人達から将来を期待されて育ってきた少女の話で、設定もそうですが情景から暑い季節の汗だくな砂ぼこりまみれな感じから何から、とても憂鬱な、うんざりするような重たい時間が淡々と流れていて。はちこは唯一の同い年の幼馴染りりと姉妹のように育つが、途中から進路が分かれた。それでも別にはちこの世界が大きく変わったわけでもなく、広い世界に飛躍していけたわけでもなく、一人で孤立していてずっともうずっと重苦しい。
 個人的な記憶ですが、子供の頃は親がドライブ好きで、あちこち家族で車で出かけて、ただ山道を周遊したりするだけで、観光地や商業施設に行くわけじゃないんで結構何もない街を通ることもよくあって、車窓から外を見ながら、古びた街の古い何でもない汚い店なんかが見えるとよく、こんなところに取り残されたくない、良かった、自分がこれからずっとここで生活するんでなくてと今思うと非常に失礼なことを思っていた。自分の家が田舎の方だったので田舎にうんざりしていた、というのもあるけどそれだけでなく何か、すべてが「通過点」に見えていた。自分はこんな通過点で終わるのは嫌、もっと先のせめて少しでも先の、少しでも楽園みたいなところに行きたいんだと必死に思っていた。
 はちこにはそんな発想がまるで無くて、中学を出ると漁師か海女になるものなのに、村の反対をおしきってまで何故か遠くの高校に通ったものの、そこで自由を満喫するでもなく友達もなく一人で過ごして、毎日村に帰ってくる。帰ってくるとバス停までりりが迎えに来ている。そうか、そういえば私にはりりがいなかった。家族は「普通に」いたけれど、りりはいなかった。そんなことをぼんやり思い出した。
 はちこは一人で絵を描くようになった。足を舟虫にたかられている女の絵というのは想像するととても不気味で、彼女が何故そんな絵を描いたのかわからないけれど、あの磯を物凄い速足で駆け回る不吉な舟虫には小学生の頃初めて遭遇して私は悲鳴を上げた。漁村で暮らす彼らには舟虫の1匹2匹恐ろしいものでもなかっただろうが、私には1匹岩陰に隠れるのを見るだけでも恐ろしい。イザナミを蝕む虫、蛆虫はともかく、ゴロゴロいう雷などという古事記の謎の鬼神は昔から私にはあまりよくイメージできなかった。でも足に凄い勢いで這い上がってすぐ腿まで到達するであろう舟虫だったら私は非常に恐ろしい。もしかしたらイザナミの手足にまとわりついていた雷というのはああいう足の速い虫なんじゃないかという気がしてきた。わかんないけど。
 この世界ではちこはどこかぼやーっとした霧の中にいて、他人のことも部分的にしか詳しく書いていなくて、いろいろ深く考えていないとか自分で言うくらいで、常に彼女が何を考えているのかはっきりとはわからない妙な感じになっている。どこまでが現実でどこまでがあちらの世界に属する話なのかすらわからない。はちこがこの世に生きているということだけはわかる。はちこは古事記の内容を知らずにこの女と舟虫(のような甲虫)を描き、りりはそれを古事記みたいと言った。確かに陸で死んだ人には蛆がわく。海で死んだら、何が屍肉にたかるんだろう。少なくとも幸せな死に方ではないのだ。絵はりりの手にわたり、その後は他の誰にも見られることなく朽ちていこうとしている。りりがどう言ったとか、古事記がどうだとか、なんとなく間接的で、はちこ自身が何をどう思っていたのか、具体的な言葉では書いていないけれど、情熱は直接的に書かれていないけれど、作品の最後の言葉が全てだと思った。そうじゃないようでいて、実は小説の全てが彼女の彼女を愛する言葉だったように思えて、美しくて寂しかった。彼女に執着し彼女に焦がれ狂おしく思い慕い、彼女の全てが彼女のものだった。
 
JUGEMテーマ:同人誌


 
web拍手 by FC2
posted by: nanori | 同人誌文学 | 20:36 | comments(0) | trackbacks(0) |-
『グルジア史創作アンソロジーJVRIS』感想
グルジア史創作アンソロジー

グルジア史創作アンソロジー本 @guruan_2015


(====ここから しばらくただ興奮してるだけなので、感想は下へ飛んでください====)

 何か、何かすごい本に出合ってしまったという感じなんですが、グルジアの歴史のみのアンソロジーです。民舞人としてはこれは生涯本棚に入れておかねばなりません。と言っても、日本ではコーカサス(ロシア語的にはカフカス)の民族舞踊といえば、トム(※アルメニア人のダンス講師で昔からよく来日して様々なアルメニアンダンスを紹介している)のアルメニアが一番メジャーで、アゼルバイジャンの何故か現在かろうじて一曲だけ、しかしどこの大学フォークダンス部でも踊られているセシャミール(セイ・シャミル、セイフ・シャミール)という何かの戦争前夜(何の戦争なのか誰も知らない)をテーマにした大人気曲があって、それなのになぜかグルジアの踊りだけ日本ではほとんど聞かない……調べてわかったのはトムが紹介したグルジアの方の曲が日本のどこかで踊られているらしいということくらいで、グルジアは民舞人にもあまりよくわからない国なのです。ただ、グルジアの民族舞踊の動画や愛・地球博で買ったビデオを見ていたとき、アゼルバイジャンの「セシャミール」の旋律が頻繁に聴こえてきて、あれはひょっとしてグルジアとも何か関係のある踊りなのかなと気になっていました。動きも似てるし。民族衣装もアゼルバイジャンとよく似ています。今はインターネット等で資料も少しは集めやすくなってきたんでしょうが私が学生だった頃はコーカサスの民族衣装などの資料が全然なくて(私に調べる能力が欠けていたのでしょうが)、私は経堂の東京ロシア語学院の図書室に行ってロシア語で書かれた踊り本の絵をコピーしてきてそれを元に舞台用民族衣装を縫いました。それくらい謎の多い地域で、日本人には馴染みのない所ですねコーカサスは。

 で、グルジア史アンソロ。私も気にはなっていて、参加もしてみたかったんですが家庭の事情などで去年は全く動けない生活をしていて、ただでさえかなり頑張らないとグルジアわかんないし諦めました。でもこの本は絶対欲しいと思っていました。なんというこの素敵な表紙! まず表紙からして、素敵な民族衣装! こんな感じの着てたし! 作ったし! まだ持ってるし! みたいな。そっか、あれでタマラ女王のコスプレできる?! みたいな。(いや違うけど。奥付の絵の方が私の作ったのに近い)すごい興奮してしまいました。そういえば昔知りあいの女の子が「ちょっとアゼルバイジャンに行ってきまして〜」とビーズの付いた帽子とネックレスもお土産に買ってきてくれて持ってます。なんてフットワークの軽い人なんだと衝撃を受けましたが。

 ただ実を言うと正直に言うと、この本は漫画も有るけど小説メインと思っていたのです。私は漫画を読むのは好きだったんだけどもともと漫画の読解が苦手で、最近読まなくなったせいかもう本当に苦手になっていて、アンソロの多くが漫画だったので(汗)だから絵はかわい〜すてき〜と思いながら読んでましたがちゃんと内容が理解できていなかったら申し訳ないです。

(====ここまで====)

肝心の感想です。
 
続きを読む >> web拍手 by FC2
posted by: nanori | 同人誌文学 | 19:01 | comments(0) | trackbacks(0) |-
2015秋文学フリマ東京の感想その1
夏至の歌声、冬至の踊り

並木陽さま『冬至の歌声、夏至の踊り』
@namicky24

 短編がふたつです。表紙、ポーランドの民族衣装の少女たちの絵がとっても素敵。

少女たちのヴィギリア
 舞台は少し昔のオードラ川流域シロンスク地方だそうです。現代のポーランドあたりの地域だそうで、川を隔てた向こうとこちらでは言語が全く違って、というか昔は同じ国の中であっても森の向こうの村とは言葉が違って全然話せなかったりということがあったようですがそんな村々で子供を交換して互いの言葉を覚えさせる風習がありました。そうして川の向こうの村からやってきた少女ゴルジと、そのステイ先の家の少女アグニェシュカの過ごした最後の冬至の祭日のお話。人間的な営みの美しさを感じるお話でした。日常を切り取った短い小説で、大きな事件の起こるようなお話ではなかったですが、祭日の特別なキラキラした感じが、少女たちのいきいきとした姿を一層輝かしく表して、人生にはこういう美しい一面が確かにあるのだと、読んでいて改めてはっとさせられました。
 近世ポーランドの庶民の生活って全然知らなかったですが、この村では普通に生活の中にある食事や儀礼や歌や占いやなんかが、こと細かに描かれて目の前に浮かぶようで本当楽しかったです。アグニェシュカは本当にかわいい。

宴の火
 こちらは逆に非人間的な(?)美しさの感じられるお話でまたうっとりさせられました。古代アイルランドの神話からの創作だそう。出てくるケルト的な言葉や人名から美しいのですが、音楽の表現、森に聞こえる様々な音、火を囲む夏至の祭りの踊りの、跳躍や回転の美しさ、五感に加えて夢や幻まで出てきて訴えかけてくるものが本当すごくて、読んでいると主人公の必死さが伝わりつつも、ヒロインのゆこうとする運命的な力の流れにずるずる引き込まれて、こういう小説はもしかして初めて読んだかも??というような新鮮な感じがしました。ひとつの幻想が完成しているような。



並木陽さま『青い幻燈
 こちらの新刊も一緒に買ってみました。
 19世紀パリラテン区のアパルトマンに或る日一人のグリゼット(お針子)志望の少女がやってきて、詩人と画家二人の若者の生活に彩りを加えることになる。この詩人と画家がなかなか素敵なペアで、どうでもいいけどなぜか吉田山田のイメージで頭の中で再生されてしまって(髪の色とかは逆かも?)何か好きでした。短編で、センスのある軽快な出だしの小説ながらはっとするような濃いテーマで進んでいって、第二章の「『世界の真理』と『刹那の悦び』についての問答」などは先に読んでいた「宴の火」を思わせるようなところもあって、こういうのがあるからこそ結末がありきたりに感じないのかもと。詩人のたましいは美しく、シネンドの理想は気高く美しく、絶対に誰にも否定できるものではないと思いつつ、この小説ではこういう結末でほっとするような、でもただ単純に終わるわけでもないところが読んでいてすっと心に入ってきて心地よく感じました。描写に力があり美しく深みのある並木さんの作品はこれからもいろいろ読んでみたいです。ありがとうございました。

JUGEMテーマ:同人誌
web拍手 by FC2
posted by: nanori | 同人誌文学 | 13:24 | comments(0) | trackbacks(0) |-
西乃まりも様『ギャラクシィ少年の社会見学記』感想書きました
西乃まりも様『ギャラクシィ少年の社会見学記』

まりもん堂 http://marimondou.web.fc2.com/

※すみません! 内容に関することはできるだけ削ったのですが、やはりあれこれ書いているので全く何も知らない状態でこれからこの本を読みたい方はご注意ください)

「ギャラクシィ少年の社会見学記」

 送っていただけました〜。まりもさんありがとうございます! いろいろと忙しく読むのが細切れだったのですごい時間がかかりましたが、でもそれでも読みたくて夢中になるくらい、楽しい時間を過ごさせていただきました。
 とっても綺麗な淡い色合いなのですが部屋が暗くて写真がなかなか綺麗に写らず変な構図ですみません。a piacere相方さんが文フリ大阪の時出された新刊です。a piacereのサークル誌表紙イラストはいつもまりもさんが描いてくださっているのですが、今回の少年の絵もご本人が描かれていてすごく可愛い少年たちです。裏の来人くんもイメージ通り可愛いですよ!

 本の裏にあらすじが書いてあって、その最後に「2人の子供と、子供みたいな大人たちの物語」とあって、読む前にこの文を見てからずっと頭に残っていました。子供が主人公の物語っていうのはどうしても自分の子供時代のことを思い出してあれこれ考えてしまうのでなかなか読み進められなかったりいつの間にか読み間違えてしまったり! ということがあるのですが、やっぱりこの小説も私はものすごく自分勝手に勘違いして読んでしまった気もして……でも、それでもとにかく楽しくて、優しくて、温かい、実はいろいろあるにせよ、だからこそ、本当に温かい物語で大好きでした。
 本の裏の「子供みたいな大人」……ですが、それってどういうことだろう、子供らしい子供、大人みたいな子供、大人らしい大人、子供みたいな大人、といろいろ考え考え読んでいるうちに私が最初に心にひっかかったのは主人公の一人吉田直哉くんのお母さんです。この方はとても厳しい人なようです。お母さんはもう一人の主人公篠崎来人くんのことを「ライトくん」とカタカナで呼びそれに関しても直哉くんは嫌な感じがしているようです。もちろんお母さんは来人くんを快く思っていないのです。いまどきの変った名前つける親なんてやっぱり……そんな親に育てられた子供なんてきっと……ほらね服装もあんな……云々。そういう批判的な人の嫌な感じはちょっとわかります。昔から子供が主人公の本にはそういう親御さんは出てきました。子供からするとわからずやな大人は親であっても時には敵(子供は親を最後には絶対憎めないけれど)という位置づけでしたね。でも、詳しい内容は置いておいて、このお母さんが桧山荘のおばさんの働きで普段なら絶対ありえないことを息子に許可してくれた時に、直哉くんは「魔法」みたいだと大いにびっくりしていたのですが、私がびっくりしたのはお母さんの方です。この人の素直さは大人らしくない。この本で一番子供みたいな大人なんじゃないかと感じたくらいです。もちろん子供が皆素直かというと全然そんなことは無いと思いますが、大人の論理で生きている大人が平気で手のひらを返すなんて。今まで言ってたことは何だったのか、自分の頑固な主義でこれまでひとを傷つけてきた責任を今更どうやって取るつもりなのか。普通こんな手のひら返しされたらものすごい不信感を持つと思うのですが、反省を伴ったあまりにも素直な意味合いでの手のひら返しだから直哉くんも素直にすごいすごい、です。むしろおばさん達の方が大人の汚い知恵でずるいことしてるのかもなのに(笑)。もしかしたら信じるに足るものを子供はそれまでの親との生活でずっと見てきたのでしょうか。

 二人の少年はそれぞれ個性的ではありつつ大人しい現代っ子で。もともと気の合いそうな組み合わせだなと思ってましたが、二人でいることでどんどん魅力的に見えてきて、どっちも素敵な子でした。単純に見えて実は繊細な目で物事をとらえている直哉くんが私はとても好きでした。さすがあのお母さんの息子です。
 来人くんは、どちらかと言うと大人っぽい子供なのかなとも思いますが、やはり「大人みたいな子供」、と「大人」は違うと思います。来人くんはまだ子供でいい。だけど成長過程と、ある程度成長してからまた学びなおす大人と、どこが境界でどこがどう違うんだろう。未熟が許される子供と許されない大人。どんどん増して人を押しつぶそうとする責任というものの存在。なんかテーマからは外れると思いますが読んでいてそういうのをいろいろ考えてしまいました。未熟ということはそれ(未熟さ)自体がこれから失われていくということでもあって、まだ熟していないということはこれから熟してしまうということ。考えてみたら寂しくもあるけれど、とてつもない喜びでもあります。大人になっても人は一生未熟なのかもしれないのですが、だとしたら人は一生寂しく喜ばしいものなのでしょうかね。私自身近頃子供を持つ身になって理屈でなくそんな風に感じるようになりました。

 物語の終わりが近づいた頃、直哉くんは或る人と握手して家に帰るのですが、この一文がとっても好きだったので、いいのかな、引用しますね。

「手を伸ばすと、ほっそりとした、温かくて白い手のひらに、僕の右手はきゅっと包まれた」

 ああ、まりもさんの作品何作も読ませて頂いてるけど、この方こういうのも書かれるんだなあ……ときゅんとしました。本当にこれは好き。人、場所の温かい雰囲気、情景や、手のこちらに向かってくる感覚や、その手の感触、それに対する僕の印象がぼうっとした感じで目の前に浮かんでくるようで、本当に好きでした。

 まりもさんの作品は本になっているのでは「水底の部屋」が多分一番有名かな? と思うのですが、あれ本当に素晴らしくて評判もいいのですが、その後どんどんいろんなテイストのものを書かれてどんどん幅が広がって深みも増していて、是非是非この作品もいろんな方に読んでいただきたいです。

JUGEMテーマ:同人誌
web拍手 by FC2
posted by: nanori | 同人誌文学 | 21:29 | comments(2) | trackbacks(0) |-
『贋オカマと他人の恋愛』感想
贋オカマと他人の恋愛

 写真、栞を乗せたままでした……
 先日文学フリマ東京の時に柳屋文芸堂の柳田のり子さまにいただいた(!ありがとうございました)『贋オカマと他人の恋愛』、なかなかまとまった時間がとれなくてちょこ、ちょこと読んでいたのだけれど読み終わりました。初めタイトルが奇抜でなんのことやらさっぱりわからなかったのですが(笑)読み終えてみるとああ、確かにその通りの小説だと納得してくすっと笑ってしまう。
 出だしから引っ張り込まれました。そして、喜劇っぽいのに悲劇の予感を初めから醸し出していて、わくわくしながら読み進めつつどこかで不安を感じてもいました。男ばっかりの小説ってあまり好きなじゃないのかと自分で思っていたけどめちゃくちゃ面白かった……まあタイトルからしてもオカマの話です。登場人物は皆個性的でそれぞれ魅力的で。だから関係性も単純明快はっきりしてるのかと思えばこの話実はものすごく複雑な人間関係で最後の最後までびっくりさせられました。
 主人公は幼少より日舞をしていたマザコンの美男子で、頭を使って上手く生きぬいてるように見せつつ生きることに不器用、そして律儀で真面目過ぎる人だと思う。と、思ったら案外気障で、気障というかあんまりこういう言葉にぴんときたことがなくてそういう表現をしたこともなく正しい使い方かわからないけれど、「粋」な振る舞いをさらっとしてしまう。びっくりする。絵にキスするシーンとか。それでもやっぱり自分の適性を真剣に考えた上で何故かオカマバーでバイトをしてしまうなんていう突拍子もないことする程不器用で、何故かそれをうまくこなしちゃう程器用でもあって、そのうえでものすごく純粋な人。P53の「サッちゃん。」の一言にぐっときた。寂しくもあり逞しくもある。孤独でもあり深い友情で人と繋がってもいる。面白い人です。
 正直村上春樹については私は全然知らなくてノルウェイの森をむかし読んだことがあるくらいだけれど、好きな人の方がもっと楽しめるのかも? どうもあいまいではっきりしないまま生きていかざるを得ない終わった話とか、心のどこかにもやもや残ったまま必ずしも嫌な存在ではない人とか事とか、この小説ではそういうものに単純な答えを出さないところにも魅力を感じました。お話の世界観とお別れする寂しさ、読み終わるのがもったいないような感覚はこれまでたくさん感じてきたことが有るけれど、この本に関しては登場人物たちの逞しさのせいか彼らをとても信頼してしまっていて、このまま簡単には完結せず世界は続いていくのだと思わされ、愛着を感じながら私も淡白に自分の日常に帰れる。読後感が全く寂しくなく、その感覚にも面白さを感じました。だけども本当に出会えてよかった小説でした。
 それにしても伝統芸能の世界、古典文学の世界、着物の美しさとか、作者様の思い入れや造詣の深さが伝わってくる作品で、江戸文化等まったく知識が無かった私ですがとても魅力的に感じ、能なども一度見てみたいと思いました。
 ネタばれとか余計なことは書かないようにしたら上手く伝えられなかったですが本当面白かったです。
 
JUGEMテーマ:同人誌
web拍手 by FC2
posted by: nanori | 同人誌文学 | 13:10 | comments(0) | trackbacks(0) |-