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ひとりぼっちを抱きしめて
ひとりぼっちを抱きしめて (JUGEMレビュー »)
日本糖尿病協会,荻原 友未,滝井 正人
過食症になった1型糖尿病の女性と医師の往復書簡
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悩んでないわけじゃない
思い出とか言うとちょっと後ろ向きみたいだけど、当時よくわからなくて書けなかったことも、時間が経ってみると普通にふりかえることもできるようになったかも。
それに、当時のことはほとんど忘れてしまって、逆に思い出したいんだけど思い出せなくなっているから、もしかしたら私より周囲の人のほうがよくわかっているかもしれないな。

ということで今日は思い出話を。

私は今でも時々自分が何かおかしいと思うときもありますが、当時は今よりももうちょっとおかしかったことがありました。自分の感情をうまく整理できないのです。「どうしても〜〜したい。でもできない」「どうしても〜〜したくない。でもしないといけない」という事態に直面したとき、普通大人だったらひとつひとつ整理してものごとにあたり、うまく妥協するなり問題を解決する方法をとると思うんですが、私はそれができませんでした。どうしても譲れないくらい何かを欲することも私にはあまり無いことだったけれど、それが妨げられたとき私は頭が真っ白になって、すぱーんと停止してしまうのです。それはごく短い時間であることが通常で、十秒くらい経てばまた頭が動き出すことが多かったです。子供のときから時々ありました。ま、頭の回転が遅いのは今でも変わりませんけど。

それがどういうわけか、大人になってから、顕著に、また回復に長時間かかるようになった時期がありました。
社会人になってとある男性と付き合っていた頃です。
初めは普通に、一緒にいて離れたくないという思いが妨げられる時、頭が止まってしまうとそのままどうしようもなくなってしまうので、解決する手段として、自分の「離れたくない」という思いを否定することから始めました。するとふいと冷静になってしまうのですが、それが自分に対する裏切りのような感覚も拭いきれませんでした。でも当時の私にはそれより他にどうしようもなかったんです。ただ大人にならなきゃ結婚してくれないと言うのです。

それは時々のことではなく、一緒に遊びに行ったりして会ったときはいつものことでした。
そうしているうちに私は本当にその人に会うことが苦痛になっていってしまったのかもしれません。自分でもわかっていたけれど、自分の気持ちを否定するのはあまりうまい方法ではありませんね。

だけど私はだんだん気がつきました。
この人は私を矯正しようとしている・・・。私はそういう風に感じ始めました。
私が自分の心、普段明るくて元気な一方でネガティブでとても重苦しいものを持った心の部分を否定しなければならなくなったのも、私が自分を裏切らねばならなかったのも、普通の人間になりたかったからです。彼は私が異常な人間であることを許してくれませんでした。くよくよして体調の悪いときにしょっちゅうテンションを落としていると、直すべきだと思って、いつも批判的でした。どうして当時病的なまでに気持ちが下降していたのかは自分でもよくわかりませんが、私もそのとき単純に、それなら普通の人間になりたいと思いました。でもできない・・・そこにジレンマが生まれ、どうしたらいいかわからずに、私はとうとう声に出して言ってしまいました。
「自分が嫌い」だと。

そのとき初めて気づきました。私は以前と同じことをしていたのです。
高校生のとき、どうしても親の言うとおりに生きられない自分は駄目な人間で、それでも曲げられない私がいる。つまりその私の存在自体が何かの間違いで、生まれてきたのは間違いなんじゃないか、と思いました。
私が自分を否定したとき、私の体が壊れたのをそのときはっきり感じました。
単なる偶然だったとも言えますが、その心的ストレスが体に影響を及ぼさなかったとも言えません。私は内臓を壊して今も抱える一生治らない病気になりました。あの時と、似ている、と、8年後の私は思いました。

それから私はざくざくと小説を書きました。彼と別れる前に葛藤の最中書いたのが、「架空の喩え話」です。それから別の長編小説も様相が変わってきました。彼は私の別の一部である前向きさを見て、私を認めてくれたのか、そろそろ結婚を考えようと言ったけれど、受け入れられませんでした。彼のところに戻らないと気持ちが固まったとき彼の母親から手紙が来たけれど、それに返事を出すことができませんでした。
生まれて初めて私は自分が嫌いだと言わなければならなかった。そこまで私を追い詰めた彼を私はどうしても許すことができなかったのかもしれません。かつて彼の為に一時捨てた私の半身を取り戻すために、私は小説を書きました。そしてこの「なのり」という自分を再生したのでした。彼が嫌いだったネガティブな存在です。(私の「一面」ではなく「一部」)。でもこれを内包しているから私は私なんだと今でははっきり思っています。
私に良い面がたくさんあるのも知ってる。でも1型糖尿病が私の一部であるのと同様に、ネガティブも私の一部で、それを消すことなんてできないし私は望んでいないんです。それで初めて私はより深く、より明るい人生へ進んで行く可能性を見つけました。

ただ、私が当時彼を好きだったことは本当だったと思います。
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posted by: nanori | 思い出 | 19:10 | comments(0) | trackbacks(0) |-









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