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カウンセリングと聖堂と小説
今日のカウンセリングでは、過去のことを振り返りました。私は解決できないまま置き去りにしてきた、つらい問題をかかえた私をいっぱい持っているようで、普段封印しているのを、カウンセリングの50分間だけ開封し、終わる時またゆっくり封印をするのです。

前回は急激に過去に潜り込んだのできつかったですが、今日はふと思い出した私の安全地帯からそこへ入って行ったので、少し楽ではありました。
「今何が見えますか」と聞かれ、目をつぶった私の頭をよぎった、自分でも意外なその安全地帯とは、高校の時1人で潜り込み座っていた、学校の聖堂(チャペル)でした。そこはとても静かで、明るい光が差し込んでいました。私は1人、どうしていいかわからずに困っています。助けを求めたら神様が私に手を伸ばしてきてくれると教わったのに、私は神様がどこにいるのかわかりません。
ただ少しの緊張感と静かな空気が私を包んでいました。とても静かで、美しい場所でした。他に誰もいない聖堂で、私はどうしていいかわからないながらも、今日カウンセラーに指摘されたように、その時既に何かに守られていたように感じていたのかもしれません。だからあの日々を思って涙が出てくるのかもしれません。

つぎに何が見えますかと聞かれ、今度は部屋で小説を書いている、やはり高校生の私が出てきました。何かに突き動かされたように、書かずにいられない衝動のまま、私は文を書いていました。のちに「グロリアの物語」と名付けた小説です。
高校生の時一旦無理やり終わらせたその話は、完成したものと比べもう少し手前で話が終わっていました。
何年も後に書き上げたそれは、私の人生から離れ、ハッピーエンドと言える結末になりましたが、最後のシーンは何故か聖堂でした。
今日なんとなく、私がそういう終わり方にしたくなった訳がわかった気がしました。自分でも気づかなかった訳ですが、聖堂から始まって聖堂へ帰っていく…、もう帰れないと思っていた心の聖域への私の回帰欲求だったのかもしれません。


カウンセリングって面白いですね。
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posted by: nanori | モブログ | 22:17 | comments(0) | trackbacks(0) |-









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