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ロザリオとシスター

※宗教的な感覚や意味合いは私にはわからないのでおいておくとして。クリスチャンの方には申し訳ないです。

 

 

 一見素朴な木製ビーズのブレスレット。

 とあるカトリック教会のバザーでこういうものを買いました。これはシスターたちが作ったものだそうで、メダイ付きロザリオとして売られていました。収益は被災地支援に使われるとのことで、その他シスターの手作りのクリスマスカードやマフラーやお菓子類などいろいろありました。このロザリオが売っているのを見ていたら、売り子のシスターがたが、いかにも部外者っぽい私の様子を見て、信者でない方も、お守りのように使えるとのことで買って行かれますよ、こうやって使うんです、とご自分の手にブレスレットのようにつけているものを見せてくださいました。こういう地味なのなら目立たなくていいかも……と思ってつい購入。すみません正直ちゃんとロザリオの祈りをする自信がなく、時々唱えるくらいですが、あの5連の普通サイズのロザリオの祈りって、(ずっと昔の一時期やってみたことがあるのですが)ちゃんとやろうとしたら結構大変です。頑張っても30分以上かかったかも。で一人でやってると疲れて眠く。。。

 これは一連の小さいサイズ。一周で計11個の大きい珠があります。……主の祈りと天使祝詞10回?どうやって数えるのかその場でシスターに聞けばよかったんですが信者じゃないのと、子供がうろちょろ走り回って転んだりしていたので聞いている時間が無く……。これは一応、お守り?にしようと思います。おメダイが付いてるし。

 

 ちゃんとしたロザリオの祈りは信者じゃない我々にはハードルが高すぎますが、このくらいの小さいのでできる回数だけ、という程度でもチャレンジするきっかけにはなるグッズなのかなあと思います。(昔はブレスレットのロザリオなんてものは無かったと思います。ただの鎖でつながったちいさいやつも昔シスターにもらって持ってる↓)

 

 

 

 ブレスレット、というのは一般的に言って装飾的なものです。ロザリオがお洒落に使われてるの?シスターが作るの?と不思議になります。でも今時、ファッションの世界にロザリオは普通に取り入れられていますね。ちゃんと短くはしてあると思いますが、首にかけることもあるようです(日本の信者の方はしない)。ただ普通ロザリオって買ったらそのまま使うもんじゃなくて、神父様とかにお願いして聖別してもらうんですよね。私が行っていた学校では信者の同級生も学校などでしてもらってたようです。でも、聖別してもらったらもうファッションとしては使えなさそう。逆に、数さえおかしくなければ(祈りの回数を数えるのが目的なので数がバラバラでは目的が果たせない)ファッション用のロザリオで祈ることも、できるといえばできると思います。ロザリオそのものの意味は信者でなかったら関係ないですしちゃんとした聖別された十字架で祈るのは信者さんだけでいいのではないか?と思います。わかりませんが。ブレスレット系を付けてる人は半分お洒落、半分祈りや安心お守り、程度のものなのかもしれないですね。隠れキリシタンの可能性もありますが。

 

 正直私はシスター(修道女)という方々が十代の頃から苦手でした。カトリック系の学校だったので普通に担任や学科の先生がシスターだったりするのですが、皆さまどこか普通でなくて、近寄りがたかったり、感覚が変わっていたり。修道女は浮世離れしていて当然なんですけど、先生、教諭、としてはもうちょっと生徒に寄り添ってくださらないもんかねと思ってました。もちろん子供には厳しさや躾も大事なので、シスターはそういう方面を主に担ってもくれましたが、基本突き放し式というか。保健室に行っても冷たく突き放される感じで、熱っぽいんですと言っても、なら寝てるか帰るか自分で選んでね、と言ってそのまま放置……みたいな。確かに今考えても保健室には消毒薬以外の薬も置いてないし、本当に寝てるか帰るかしかできないと思いますけれどそういう説明や助言も一切無しで、どうしますか、と言われて放置されてもどうしたらいいのか私にもわからず。寝てても治らないだろうし、家にも帰りたくない(帰ってもやはり寝てるしかないし、寝てても治らない。当時私は不登校の逆で不帰宅?みたいなところもあった)考えた末やっぱり教室に戻りますと言ってそのまま授業へ戻りました。いつもそういう感じなので具合が悪くても保健室には頼らない習慣がついてしまい、後に大病をして、病院未受診時に原因不明の体調不良でしんどくて仕方なくなっても保健室で休むことは無かったし(教室の床に転がってたり、机に伏して寝ていたり)、家族が頼りにならなくても相談することもなかったです。当時の私の家では体調が悪くても市販薬も飲まない(薬は症状が軽くなるだけで病気を治すものではないから飲んでも仕方ない、という意見でひたすら寝て我慢するのみ)し、病院に行く習慣も無く、(熱があるのに病院に行っても何時間も待たされてよけい具合が悪くなるだけ、だから家で寝ていろという方針)、40〜42度を行ったり来たりする熱が3日続いた時でも薬も飲まず家で寝ていて病院に行かなかったくらいなのですが(親も無知で、「40度なんてこんな高熱の表示見たことないなあ」と言っただけだから結局熱の原因はわからない。ただし全く悪意は無く、おかゆは作ってくれた)、保健室がそういう時はどうしたらいいとか、こういう時はどうした方がいいとか、そういうのを教えてくれる場であってくれたらいろいろ助かったのにと個人的に思ってます。でも当時は保健室登校とか全く無かった訳ではないですが、あんまり知られてなかったと思います。不登校という言葉も無く「登校拒否」と言っていた時代で。高校生にもなれば普通は自分で誰かに頼んで何とかするもんだと思うかもしれませんが、物心ついてからずっと閉鎖的な家庭で外を知らずに育ったADHDの私はこういうもんだと思い込んだら上書きできない、何の手段も思いつかない残念な子供だったと思います。うーん。こう書いてみると本当に残念な子供だ。

 

 学校に来ている神父様は「様」と付くのにシスターは「〇〇シスター」で校長先生ですらただの姉妹、みたいな呼び方ですが、本当その通り、階級や序列というものが無いので確かに、シスターって迷える子羊を導く立場ではないんですよね。プロテスタントの牧師先生も牧師だから羊飼いだし、カトリックでは男性は指導者的な立場があるようなんですが、シスターは本当に生徒を導いたり救ったりするんでなく、彼らもまた尚求道中の子羊の一人にすぎないんだろうか、だから精神的な支えには決してなってはくれないんだなと思っていました。本当皆気難しいし捻くれてるというか、マイペースだし。

 もちろん学校にはたくさんシスターがいたので中には割と話せる先生、普通の師弟として仲良くしていただいた先生もいたんですが、そういう先生も含めてどこか感じ悪かったりもして、そういうイメージがあったのです。だから私はシスターという人たちが未だに苦手で、あんまり話しかけられません。あの方々のことは私にもよくわかりません。ただ一つ、私がはっきり認識しているのは、シスターは自分の意志ではなく、神様に呼ばれてなる存在である、ということ。感じが悪かろうが変人だろうが、神様に呼ばれて自分自身の使命を一生懸命果たそうとしている人なので、私がいちゃもんつけたり何かを求めたりする存在ではなかったんです。悪く言えば「敬遠」ですが、それは必ずしも悪い感情では無く、尊敬している部分があったので、あの方々に構ってもらおう、助けてもらおう、という気持ちが起こらないのかもしれません。修道院が世間から離れすぎているからもうちょっと近い存在になれるように、との議論もたびたび有るらしく、私があの高校に在学していた時代にも修道服の布地が少しずつ減っていったというおかしな現象があったのですが(首の覆いが無くなったとか、おでこの部分だけ布が無くなったとかそういう)、別にまあ、世間から離れていても別に構わないと言うか、是非そのままのあなたがたでいてほしいと心から思う。

 

 最後に何の脈絡もありませんが高校生当時とあるシスターの話で一番衝撃を受けたのが、そのシスターが通り魔に刺された体験談……。いきなり近づいてきて刺されたらしい。確かに通り魔って「誰でもいいから刺そう」みたいに思って即行動するんだろうけど、でも、流石に現代日本の街中で、ターゲットにしようと思って近づいた人がシスター姿なのを見たら、一瞬「あれっ?!」とか思って気持ちが乱れて躊躇わないもんかねと思ったんですが、本当にあれって誰でもいいというか、どういう服装の人でも関係なくいきなり刺してるんだ……と思うと、結構怖いですね。おしまい。

 

JUGEMテーマ:日記・一般

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posted by: nanori | その他 | 01:06 | comments(2) | trackbacks(0) |-
そうですよね。深く考えたコトなかったけど。
なんか、いまあるファッションの起源とかって、もとはやはり宗教的な衣服からきてるような話も聞いた気がします。

わたしは幼稚園がカトリックだったんですが、朝行くとマリア像の前に列になり、ロザリオを渡されて印のあるとこまで10回かな?お祈りしたなと思い出しました。
シスターの他に私服の先生がいて、小さかったからよくわからなかったけど、シスターはいつもピシッとしてて甘えてはいけない雰囲気はありましたが、優しかった気がします。
わたしは気難しくて聞かない子だったので、「お姫様」と呼ばれてました。

たしかに、保険室や病院へ行っても、結局治すのは自己治癒力なので、ご家族の言ってることは正しくて、免疫力はアップしたのかも?
でも、薬で少しラクになることもあるのに、子供には厳しい環境でしたね。子供だと苦しさもガマンできる域なのか、ヤバイ域なのか判断できませんしねー。

知り合いの人は、薬に頼りすぎていて、子育て中に熱が出るとすぐに解熱剤を使ってしまい、それもよくなかったみたいでした。高熱が出るのは体内のウィルスを殺すためなので、下げてしまうと殺せないんですよね。なので何度も上がっては下げて..となってしまってたようです。
解熱剤はなるべく使わないようにしながら、苦しそうだったり熱が高すぎたら使う..ってするのがいいみたい。むずかしいですね。
 
| カッパ | 2017/10/10 9:58 AM |
>カッパさん

へえ〜。やっぱり人によって、シスターのイメージって違いますよね。思い出の中で残ってるものが断片的だし、当時は特殊なことではなくて学校に普通〜にいる先生、って状況でしたが今考えるともう体験できない空間ですもんね。幼稚園でもそんなにちゃんとお祈りとかしてるんですね!いろいろ興味深いです。

そうですねー。免疫とかって昔はあんまり聞かなかったような(?)気がしますが、確かに昔は私も風邪引いたら一週間うんうん寝込んで、そういうのが年に何回もありましたけど、弱かったのかな? でも30才過ぎたくらいから急に熱もほとんど出さなくなって。もしかしたら満員電車に乗らなくなったというのもあるかもしれませんが、これも免疫のお陰なのかも。
でも未だに、咳や痰が出だすと一週間くらい苦しくて夜も眠れないということがよくあるので、そういう時は無理しないで病院行ったり薬飲んだりするようになりました。

子供のことになるとまた難しいですね。。解熱剤は確かに、かかりつけの小児科ではなるべく使わない方針みたいです。でも子供はしょっちゅう風邪引いたりなんだりするんで、夜中に熱出して苦しそうな息してた時は、病院?!様子見?!救急車じゃないよね?!どうしようとか、わたわた焦ってしまいました。救急相談とか、保健師さんにも普段はよく電話したりしてるんですが、私はひとりではどうしたらいいか判断できないんで、とにかくひとりでなんとかせず誰かに相談するようにします(++)
| なのり | 2017/10/10 12:18 PM |









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