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檜さま「ブラック・マドンナ」感想(クリスマス市のグリューワイン)

 

 

檜さま「ブラック・マドンナ」感想

(クリスマス市のグリューワイン)

http://vinchauddenoel.blog.fc2.com/

@hinoki_myth 

2018.5

 

 

 

ポーランドのチェンストホヴァには黒い聖母像がある。というところから物語が始まる。


ヤスナ・グラの修道院の、青いベールをかぶった聖母の絵は黒い肌をしているんだそうです。

※キリスト教、ポーランド史については、この作品においてはそれほどわからなくても大丈夫だと思うのですが、聖書など多少読んでた方がわかりやすい、かもしれないです。読んだことなくても大丈夫だけど全然関心が無かったらよくわからないかも??
 ポーランドは「悲しい歴史」というより「悲惨過ぎてちょっと踏み込むと生きた心地がしない歴史、何万回も殺され踏みつけられズタボロにされたポーランド」くらい言ってもいいような気がしますよね…。私は子供の時にキュリー夫人の伝記で辛い目に遭ってたポーランドの状況を(軽く触れるくらい)知ったのが多分「ポーランド」という国を知った最初だと思います。
 他民族から侵略を受け列強の3度に渡る分割、ナチスドイツの進攻、その他多くの危機がありました。他でも大体そうなのかもしれないですが、侵略とか進攻とか一言で言うけれど具体的には恐ろしいほどの残虐行為が行われていたのでした。とにかくポーランドは民族としての危機を何度も経験し、でもまた立ち上がり、何百年と時間をかけて復活しました。
ポーランドは「か弱い」んではないんですよね。ここまで悲惨な状況の中から立ち上がるポーランドの底知れぬ強さ!悲惨なほど想像できるではありませんか。

 

 

そしてポーランドと共にあった誇り高き女王、ブラックマドンナの存在。
ブラックマドンナ(肌の黒いマリア像)というのは世界各地にあるみたいで、昔から聞いたことがあるけど気になりつつ何なのかわからず。ちょろっと調べても結局何なのか全然わからず。。。その一つの答えが書かれたとても興味深く面白い作品でした。

表紙絵がハードボイルドっぽくもあり何かかっこいい…最初下の二人に目が行き、それから影のようにこちらを見ている女性に目がいきます。その細長い白目の雰囲気にはっとします。あ、これ、マリア様だって。いや、そうなんだけど、目が本当そう見える。。。百合の花の青いベールは、この物語の中でいろんな場面で印象的に出てきて、うまくいえないけどその存在感に心が揺さぶられます。


さてこの作品は紀元1世紀のイスラエルと20世紀ポーランドという2つの世界を描いているのです。一見関係なさそうな、全く違う世界の話なのに、テーマがはっきり繋がってる。この発想も面白いですよね?!
古代イスラエル。肌の黒い奴隷の少女マリアは生まれた時から奴隷として売り買いされてきて、それ以外の生き方を知らない。それは当たり前のこと、とばかり淡々と描かれ、割りきって生きているようで、どこかメランコリックな雰囲気を持つ少女のように感じました。結構頭が良さそうで、物静かで慎ましく、人を憎まない、人に害をなそうなどと思うことがない、真面目で誠実な人間であることは疑いようがない。なのに、本心がどこにあるかわからないぼんやりした人物であるように見える。余計なものをすべて削ぎ落とした潔さが好ましく思える。そういう風に好ましいと見てしまうのは多分、あまり生々しいものを見せられるとこちらが苦しくてしょうがないからだと思う。こんな辛そうな状況なのに平気でいるように見える人がいると私の場合は少し心強く感じそちらへ逃げたくなるのだ。この人は強そうだから大丈夫、と無責任に。

 

 しかしまた同時に、読み進めると何となく、彼女は芯が強いわけでもないように思った。実際、諦めるというか初めから望まない、よりほかに何もできない。プライドのような自意識すら出てこない。なのに、平気で黙って立っているように見える。
 ある時マリアは優しい、身分のある老紳士に買われ、エルサレム神殿に仕える清らかな令嬢マリアの侍女となった。令嬢マリアは汚れを知らず、汚い感情を持たない少女だった。肌の黒いマリアを与えられ大喜びで、友達のように接してくれる令嬢マリア。マリアは令嬢マリアのことが好きだった。令嬢マリアと、その婚約者ヨセフ。揃いましたね。彼らが本心から自分に好意をもって、また善意で接してくれることもマリアは知っている。清い令嬢マリアと、汚れた奴隷のマリア。お互い友情で結ばれていたはずだが、あまりにも違う存在だった。優しくしてもらえるのは嬉しいのに、好きなのは確かなのに、どこかで感じる違和感。やがてマリアが令嬢マリアの元を去る時がくる。
 奴隷のマリアが令嬢マリアと離れる過程のひとつひとつ、ローマ兵との短い会話、またそれからの彼女の変化がとても素晴らしいと思う。苦しいはずの端的な描写が美しくさえあって、ここの流れは二番目くらいに好き。多分、この作者さまは、言葉の使い方と、文を構成するのがすごくうまいんだろうと思います。そういうセンスがあるというのか的確に必要な言葉を当ててきて、こんなわかりやすいまとまった一文、すごいなと読んでて思ったりすることもありました。

 

 前に「奴隷根性」とマリアが表現したこと、これにもとても考えさせられました。生まれた時からそうだった、というのは、実際そうじゃない人には多分わからない感覚で、その感覚を否定して別の生き方考え方を納得させるなんてことはできないと思う。それは人の手では叶わない自由。自由になるのは難しい、でも、その「自由」という言葉をはっきり自分に関連することとして使い出すマリアの口調の変化、「ですます」じゃ無くなるところが三番目くらいに好きなところかな。

 

 またいいな、素晴らしいなと思ったのが、この作品で、奴隷マリアが自分と違って原罪の無い女として令嬢マリアを真心から称え、自分の中だけで完結するのではなく、それを読者に納得させるくらいの強い思考力を持っていたこと(そのように書かれていること)。マリアは自分に関しては身も心も真正の奴隷のはずなのに、令嬢マリアの問題に関しては、彼女のことであるがゆえに、彼女の価値を貶めようとするこの世が間違っているときっぱり考え、怒りのようなものも多分持っている。他人のことなのに。そして最後には、わたしとあなたは同じ、というメッセージで、奴隷のマリア側の立ち位置をも一気にぽーんと引っ張り上げる。昔の物語だとどうしても女性が男性よりも下の立場と扱われ理不尽な目に遭うのを読まざるを得ないんですが、ただ苦しいだけの話になると本当きつい。。。ですが、このような感じで昇華されるとは思わなかったです。

 

 あと、ネタバレしそうで書きにくいですが、一番好きなのは、カイザリアの海についたシーンです。美しいシーンで。眩しい日差しが目に見えるようで。マリアが幸せそうに感じられるのでとても感動します。ここが一番私にはぱああーと輝いて見えました。私はずっと彼女にこうあって欲しかったのかもしれません。

 


 この二つの時代は交互に描かれていて、両方ともどういう顛末になりどう繋がるのか最後の方までさっぱりわからない。だから両方に引き込まれました。主題がマリアなのでどうしても私は古代の方にばかり目が行ってしまいますが、宗教となるとその後がまた大事なんですよね。


さて20世紀のポーランド。

やっと最初に戻るけれど第二次世界大戦も終わり、1956年〜。

ヤスナ・グラ修道院の修道士アンジェイはヤスナ・グラにある黒い聖母のイコンを信奉し、心から愛していた。共産主義化したポーランド当局はカトリックを迫害するが、カトリックの国民はこぞってこれに抵抗する。その渦中にいるアンジェイは祈りと戦いの日々たびたび一人の友人のことを思い出す。かつて神学校で共に学び、一番の親友だった彼はどうしているのかと。そしてアンジェイはその親友だった男と意外な形で再会することになる。

 

そのマリアを奉ずる少年たちは、聖母マリアを愛するということではじめ関りがあったのだと思いますが、今度はここでも彼らが汚れた人間、と清い人間、と隔てられたようにミュシェコは感じます。奴隷マリアが自分と令嬢マリアとを比較するのと状況は同じよう。

先ほどマリアについて書きましたが、ミュシェコが刺青を入れられたのはだいぶ成長してからで、マリアが奴隷だったのは生まれた時からだった。そこで大分違っているように見えるんだけれど、もしかしたら元々はそこまで違っていなかったのかもしれない、生まれ育った状況が同じならばこの二人はここまで極端に発現する性格が違わないかもしれない・・・という気もしてきます。

 

 

ミュシェコが出てくると急に緊張します。ピリピリして。彼は実に悲惨な経験をして、その結果彼なりに行き着いたのが自分がかつて信じたもの、愛した者への憎しみだったようで、それでいながらその信念が頑強なものでもないのはあきらかでもある。愛した自分を否定したり(あれは愛ではなかった・・・みたいな)、他人の愛への猜疑心、あんなに信じていた自分の愛が信じられなくなったから、人も愛せないで苦しむ姿が見たい、ということなのか、彼の憎しみ、そこから来る負の欲求は激しく、最初に読んだ時は先が見えない分余計に読んでいて怖かったです。私には全く覚えのない体験だし。こればかりは「わかるような気がする」などとは言えません。でも、そういう感じの人は私の周りにもいる気がする。彼は絶対に何かで報われなければならなかったのだと思う。嫉妬し、愛し、憎み、様々混乱した激しい感情が、古代イスラエルの二人の少女の間にあるものと違う形でバンバカ表に噴き出してきます。

 

 すみませんこれは、よくはわからないんですが、ミュシェコが黒い聖母のイコンに睨まれたような気がした、それで何か不安になった、という描写が気になりました。一方、アンジェイは時折、悩みのうちにある時に、同じ黒い聖母に微笑まれるのです。これは実際というよりも、多分、・・・・・・私は写真でしか見たことがないので何ともはっきり言いづらいのですが、ヤスナ・グラの黒い聖母の写真を縮小写真で見ると確かに怖い顔をしているように見えるのです。でも、大きな写真を見ると、目元はぼんやりうるんでなんとなく柔和でもあり、閉じた口元はきつくひきむすんでいるのではなく、軽く閉じて、今にもゆったり何か言いそうな、ふとした拍子に朗らかな形にも見えるのです。これは実際の2人の青年の聖母との物理的距離による視覚的な印象でもあるのかもしれません。どちらにしろ、ミュシェコと自分を睨む人との精神的距離は近くはないでしょう。

 

 現代の方が事情が複雑で、・・・と解説していくにはちょっと私には難しい話なので(というか、彼らの心の中のこととか)ここからは私が特に書きたいことだけ書かせていただくことにします。古代イスラエルでもすごく私が引っぱられて気になった言葉ですが、現代ポーランドの方でも「自由」という言葉が出てきます。これをめぐって二人が語り合うんです。そういうのは私ももともとすごく関心がありました。囚われる、というのは例えば奴隷として主人に捕らわれる、というのや、心の自由を奪われる、それはつまり、なんらかの必要があって自分で自分をそこへ縛り付ける、というのでも使われますが、私もそういう何かに囚われている一人で、そこから自由になりたいと幼少期からずっと思ってきて、やがて病んで、自力で簡単に自由になれない自分が努力と勇気とやる気が足りないと自由な人達に責められているかのように感じて、そして私じゃなくても、何かから自由になるのは本当はとてもとても難しいことなんだとやっと知って、それから少し開き直って生き始めたくらいの人です。しかも、自分が何に囚われているのか知ることが、こんなに長い時間かけて、いろんな人の意見も突き付けられて、それも併せて鑑み、そうやって考えて生きてみても正直ああかもしれない、こうかもしれない、と判断がつかず、よくわからなかったのです。ミュシェコに似てるような……。でも、それも含めて、よくわからないけど人に何と言われようと開き直って生きるしかない。この開き直って生き始めるくらいが人間にとって少し生きやすい段階に入ったのかなという、新たな一歩のように感じているところです。

 以前、開き直って平気で生きる人が図々しく土足で人の領域にガンガン踏み込んでくるんで辟易していたものだからそうだけはなりたくないと思っていたし、今でもどんな理由を聞いても自分のされてきたことは許せない、でもそれはそれとして、自分も少しくらい図々しくならないともうこれ以上何も背負えないところまできたというのが、私にとっての「潮時」かな、と思うのです。こうなるしかなかったのかなと。ただ今後、私はもっと、どこまでも自由になろうとは思っています。しぬその時にでも、なれれば私はそれでいいと思う。

 主にはそういう話ではないかもしれないんですが(?)、私がそういう風に今思っているのと同じように、この人たちは何かから自由になる。その時に初めて、それからの自分、それからの人生を自分のものにすることができ、自分のために生きることを許されるのではないかと思いました。

 

 個人的な話になってすみません。私は感想文が大の苦手なんですが、結局「感じて、想う」のだから私の心に生じるのは全く個人的な話にならざるを得なくて、私の場合内面をあまりにさらけ出し過ぎるから読む方には迷惑なことになるんですね。あまり個人的な方に傾き過ぎると作品の解釈などから目が離れてしまいがちですね・・・。でも良い読書体験をさせていただいたように思います。

 

 とても美しい文体で、ストーリーのテンポがよく、淡々とした簡潔な言葉で時にぞっとするような状況をさらっと描くところとか、全体的にすごく好きな作品でした。

 

 

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posted by: nanori | 同人誌文学 | 21:39 | comments(0) | trackbacks(0) |-









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